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「15人のはんこリレー」vs.「庵野秀明との対話」 JAXAからカラーに移った、とある新人制作進行の話(前編)(2/3 ページ)

» 2023年12月29日 10時00分 公開

JAXAには“地獄のスタンプリレー”があった

 成田氏はカラーに戻ってシン・エヴァの制作進行を手伝いつつ、18年9月から正式に「Avant2パート」「Aパート」の制作進行を任された。そこで大きな文化の違いに直面したという。

 JAXAにいたころ、末端の職員が理事長とコミュニケーションする機会はなかった。理事長決裁をあおぐには、15人以上にはんこを押してもらう「地獄のようなスタンプリレー」が必要なこともあったという。

 「大きな案件の場合は僕が起案した後、プロジェクトチームのサブマネージャ、プロジェクトマネージャ、事業推進部担当、事業推進部副課長、課長、部長、担当理事、契約部担当、契約部副課長、課長、次長、契約部長、監事、経営進課長、経営推進部長……等々への説明とはんこが必要で、それらを経てようやく理事長にたどりつく。素人がやると最短でも2週間かかりますが、僕は最終的に達人になったので、特急案件だと2日半でできるようになりました(笑)」

 壮大な無駄にも聞こえるし、誰しも喜んでやっているわけではなかったが、税金を動かす以上は、仕方が無い面もあったという。

カラーにルールは「ない」が……庵野氏と日々やりとり

 一方でカラーにはスタンプリレーが存在しない。それどころか、決裁ルートや案件に応じた最終決裁者といった決済ルールすら明文化してないという。

 ではどのように物事が決まっていたのか。「中小規模な組織だからできることかもしれないが」……成田氏はこう前置きしつつ、「問題が起きたとき、誰に相談すべきかがスタッフの体に自然に入っている。これは庵野さん(総監督)に、これは鶴巻さん(監督)に、これは……と。責任の所在も誰の担当領域かも明確で、コミュニケーションがすごく早い」

 カラーのミッションは、シン・エヴァを、面白い作品を作ること。それに向けて全員のフットワーク軽く、仕事はどんどん引き取ってくれるという。

 Avant2パート・Aパートを制作中、庵野氏は成田氏ともほぼ毎日、複数回コミュニケーションしていた。制作進行だけでなく、カラーの組織全体が同じだったという。「JAXAだったら、新入職員が理事長と毎日直接コミュニケーションを取り、プロジェクト推進に対する重要な判断事項のやりとりをするようなもの。ありえない」。

 明文化されていないルールや動き方は、どのようにすれば体に染みこむのだろうか。「1日2日では分からないが、1カ月やれば分かってきた。面白い物を作るためになるべく無駄なことをしないという考えが根本にあるのでそこに素直に乗っかればいい。制作部はほとんどのメールにCCで入っていて読めるので、文化や空気は分かってくる」

庵野氏による指示メールの例。成田氏はこうしたやり取りを通してカラーの文化を学んでいった(出典:「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」より)

 庵野氏や鶴巻氏といったビッグネームが、コミュニケーションに積極的に登場するのがまた「面白いところ」だと話す。「庵野さんという中核の人物がもともと自主制作映像の人間だということが、カラーにおける作品づくりの隅々まで影響していると思う」

「半端ない仕事量にキャパ超えも

 シン・エヴァには制作進行が4人おり、総カット数は2321。成田氏は595カットを担当した。これは商業アニメで1人が担当するカット数としては多く、さらにシン・エヴァは、1カットを完成させるまでの工程が通常のアニメより多かった。

 最も大変だったのは、最後の作業である「撮影」が始まったころ。撮影に入り、リテイクが決まるカットがある一方で、まだ初期段階のカットもあるなど「戦線が伸びきっていた」。さらにリテイク、直しが入り、作業が戻り……と、管理が最も複雑だった。

 「撮影後に庵野さんのラッシュチェックが始まり、リテイク数がはんぱない。初めてシン・エヴァのリテイク期間を経験したこともあり、混乱もあった。めちゃくちゃ大変でした」

 制作進行の先輩からも「撮影とリテイクが始まると、1日で発生する仕事量が処理した量を上回ることがあるから気を付けてと」予告を受けていたが、その通りになった。処理しきれない仕事がふくれあがった1週間後にリテイク管理専門の制作進行が入ったため、なんとか回すことができたが、「自分という人間の限界」を感じたという。

 成田氏は、Avant2・Aパートの制作進行を任されてから、新型コロナウイルス感染症による公開延期が決まるまで毎晩、シン・エヴァ制作の夢しか見ていないという。「それぐらい常に考え続けていたし、いくら考え続けても不安だし、やればやるだけよいものになるのではないかと思い込んでいるからずっとやってしまう。みんな『ほどほどにして家に帰れ』と言ってくれるけど、自分で自分のリソースを全投入しちゃう状態だった」

冗談抜きに毎晩シン・エヴァの夢しか見なかったという成田氏

 「僕にとって特別な作品だから、できることは何かを突き詰めていて。今終わったものに問題はないか、これから起きることは何かとずっと考え続けて。これが仕事の仕方としていいものだとは決して思わないが」

 百戦錬磨の上司は、成田氏がキャパを超える時期を想定し、新しい制作進行の人材を用意していた。「1人で考えてやっていたらどこかで大きな事故が起きていたと思うが、上司は質問しやすく、問題に対処する手練手管をたくさん持っていた。上司にも恵まれた」

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