NHKのドキュメンタリーでは、「Aパート」のプリヴィズ映像が完成した後、スタッフ試写を行い、アンケートの結果を見た結果、庵野氏が脚本から作り直しを決めるシーンが放送された。
半年以上かけてプリヴィズを作ったにもかかわらず、ゼロに戻って脚本が直される、“ちゃぶ台返し”とも見えるこの行為に、スタッフは徒労感にさいなまれたのではないのかと視聴者は心配した。だがこの作り直しはむしろ「効率的で合理的だった」と成田氏は言う。
「この時点でプリヴィズ素材は既に大量にあったので、撮り直さなくて良かった。通常の画コンテベースの作り方なら、編集は(現場や監督にもよるが庵野監督の場合)制作工程の終盤、尺を決めるところで行われるため、そこまで来たらもう脚本は変えられないし、変えてしまうとそれまで作った絵はすべて描き直しになるが、シン・エヴァは既存の素材を編集し直すだけで、Aパートを作り直すことができた」
プリヴィズから作っていたため試写映像を早い段階で確認でき、脚本を直しても素材はそのまま使える。画コンテや原画・動画も描く前なので、無駄になる仕事は少ない。プリヴィズシステムにしたメリットが生きた瞬間とも言えるだろう。
「庵野さんは合理性を伴わないちゃぶ台返しはしない」と成田氏は断言する。少なくともシン・エヴァについて、スタッフが納得できないような“ちゃぶ台返し”はなかったと。
「『嫌だから』とちゃぶ台を返すと、人はついてこない。僕が入社する前の大昔にはあったかもしれないし、外の人から見たらちゃぶ台返しにみえているかもしれない。しかし実際には、何かを変えたり指示したりする時は、シンプルに、今ある映像が良くないか、さらに良いものにできる見込みがある時。判断基準は常に合理的だ」
庵野氏は総監督・エグゼクティブプロデューサーでありながら、現場でも手を動かす。「庵野さんは玉座に据えられているだけの人ではない。“偉い人”なのに、超現場プレイヤーでもあり判断もする。アニメ関係者に通じる言い方をすると、庵野さんは原画どころか、ものすごい量のメカやエフェクトの直動画すら描く。『偉いとかはどうでもいい。作品をおもしろくするのが大事』だと思っている」
NHKのドキュメンタリーでは、「Aパート」のプリヴィズ素材制作中、鶴巻氏などに任せていたバーチャルカメラによる撮影を、最終的に庵野氏本人が引き取るシーンも放送された。
このシーンに重ねて鶴巻氏が「いったんは人に任せてみようと庵野さんはいつも思っている。だが最終的には庵野さんが全部塗りつぶしていくし書き換えていくことでしか、庵野さんが満足いくものが作れていない」と話す言葉が流れ、視聴者は「結局現場に任せずに自分だけで作りたいプレイヤーなのでは」という印象も受けた。
成田氏は、この部分について、一面では真実だが、ミスリーディングでもある、という印象を持ったという。
「庵野さんが自ら撮っていたシーンは、部分的に抜かれただけ。庵野さんが1人でやった部分は、10年以上個人的に撮りためていた一部のロケ撮影以外、ほとんどないと言っていいと思う」
キーはやはり「不確実性」だ。「庵野さんは、自分の頭の中にあるものだけでは、それを超える面白い物を作れないと思っている。自分以外のものを使うことを徹底してやった。庵野本人が『ここは自分がやります』と宣言してやることはあるが、みなさんのイメージほど多くない」
一方で、最終的に庵野氏が“巻き取る”ことはあるという。
「時間やコストを考えた時、これ以上テイクを重ねられないという状況があり、自分が持っているプランBのほうがわずかでも良いものになりそうだという時は、庵野本人がやることがある」
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