成田氏が制作進行に入ったのは、Aパート作り直しの最中。庵野氏は編集室で毎日プリヴィズを編集していたという。「素材を使って編集し、作っている最中にシーンやカットの順番も変わっていくので、プリヴィズが完成するまでコンテも完成しなかった。その管理はとても大変だった」と笑う。
マネジメントしながら自ら現場で手を動かす「プレイングマネジャー」は、傘下のスタッフの仕事をマネジャーが塗り替えてしまうこともあり、スタッフのモチベーションを下げるため一般的には「良くない」とされている。
庵野氏はなぜ、マネジャーにとどまらず、自ら手を動かすのか。
「庵野さんのあり方が、プレイングマネジャーの定義に合っているのかは分からないが」と成田氏は前置きしつつ「定量性と定性性に関係するのかもしれない」と言う。
「クリエイションは定性に基づく判断が多い。なんかいい、かっこいい、気持ちいいで判断されている。それは定量で考えるよりも認知しやすく、むしろはっきりしている。マネジメントされる側も、絵を見たほうが良し悪しがはっきり分かる。クリエイターは感性が非常に鋭敏なので、リテイクの指示も絵で描いてもらった方がぱっと見て分かりやすい」
庵野氏が手を動かした結果ベターになったかは、スタッフも見てすぐに分かるという。「クリエイションは結果がすべてだから、修正された方がより良いものになるのなら仕方ないと思っているのではないか。がっくり来ることはあると思うが、より良いものを庵野さんが提示し続けてきたことで、強い信頼関係を構築できたのだと思う。スタッフも“庵野さんに負けた”ということにならないだろう」と成田氏はみる。
成田氏は「庵野さんはびっくりするぐらいフェア」だと評価する。「自分の匂いをつけたものではなく、“いいもの”を単純に選ぶ。現場のクリエイターは、庵野さんや鶴巻さんが出した代案の方が、かっこいいからしょうがないということを、結果を見れば納得できる。信頼関係があるから飲み込める」。
定性性・定量性について、成田氏はこう解釈している。「人類の歴史において、定量性の時代が到来したのはごく最近。この数世紀で人間の認知能力では分からないものを数値に置き換えて理解することが発明されたが、それはごく最近に起きたこと。人間が本来得意なのは、パッと見てどっちがいい感じか……といった定性性だろう」
庵野氏は記憶力がとても良く、カラーのスタッフだけでなく、外部スタッフも含めて個々の特性を認識していたという。加えて、クリエイターは「絵でコミュニケーションできる」と成田氏は話す。
「クリエイターが絵の上で行うコミュニケーションは独特。例えば作画は1カットごとが勝負。描いた人の顔や声は忘れていても、絵を見ればその人のやってきたこと、やりたいこと、好き嫌い等がつぶさに分かるという」
例えば、After Effectsによる仕上げを確認する庵野氏は、処理のクセ、光らせ方や揺らし方などで処理した人が分かったという。シン・エヴァで監督を務めた鶴巻氏も、絵を見るだけで、その人が好きなタイプのアニメや絵を描く頻度まで分かるという。
「棋士が将棋の棋譜を見れば、対局者の強さも好みも人となりまでも見えてくるように、クリエイターだけがわかる何かなのだと思う。僕のようにクリエイターでない者から見ると、絵を介して行われるコミュニケーションは「魔法」のように見える。庵野さんや鶴巻さんに限らずクリエイターは当たり前に魔法を使っている。個々の絵に対峙し、マイクロに把握しているので、庵野さんらがクリエイターに発注する際も、相手に合わせて指示していたのだと思う」
庵野氏はリアリティへのこだわりが強い。アウトプットが期待するリアリティに達していない場合、「申し訳ないけれどここはリアルにしたい」と再検証を要求することもある。
例えばAvant2パートでシンジ、アスカ、黒レイが歩いているあるカットで、庵野氏は「キャラと背景美術の身長対比がどうもおかしいように感じる。可能な限り正確にしてほしい」と注文を付けた。デジタル部が机上で出した計算結果に満足せず、「現場にいって検証してください」とオーダーしてきたという。
スタッフは、現場のモデルである神奈川県某所に行き、キャラクターと同じ身長のスタッフ3人と30cm単位のポールを並べて撮影して検証。その結果、元の絵は微妙にズレており、庵野氏の見立てが正しかったことが分かったという。
空中戦艦・AAAヴンダーの動きについても、庵野氏本人が模型を持ち、自分で撮りながら検証。効果音等、参考を含めた素材を自分で録音してくることもあるという。
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