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「AIがあればプログラミングは勉強しなくていい」は本当か? 現実的な反論を試みる小寺信良のIT大作戦(2/3 ページ)

» 2024年03月14日 13時30分 公開
[小寺信良ITmedia]

話すためのインターフェースという定義

 成田先生の「実践授業1」として、子供達がポケトークを使うことで得られた学びの1つは、英語教育と国語教育の接続である。これは当時のポケトークの限界だった、「流行語は翻訳できない」という部分が学びに繋がったという。例えば「ワンチャン」といった言葉は「Doggy」に翻訳されてしまい、本来の「可能性はゼロではない」という意味が伝わらない。

 したがって機械翻訳機を使って意志を伝えるには、短く簡潔な文章、すなわち「わかりやすい日本語」で話す必要があり、外国語で意志を伝えるにはまず母国語をきちんと学習しなければならないというところへ回帰していく。小学生ゆえに国語学習もまだ発達途中であり、国語学習の意欲もまた目的を見失いがちであるが、言葉が通じない相手としゃべるために母国語を学ぶという意味が生まれてくる。

 「実践授業2」として、修学旅行先で外国人観光客に対し、自分たちが学んだ事をポケトークを使って伝えるという授業を行なった。最初子供達は、言葉の通じない外国人を怖いと思ったそうだが、そもそも話かけるという接触行為を行わなければ、すれ違う他人と同じである。関係を持とうとするから、意思疎通できない怖さがある。

 しかしポケトークを使ってコミュニケーションしてみると、どの外国人も大変優しくフレンドリーであることがわかった。この伝わらない恐怖と、伝わった安堵感の落差に、学びの原動力がある。そもそも人は、意思疎通を行う為に言語を学ぶわけであり、学習の初期段階で外国語話者と繋がり、もっと言いたい、もっと分かりたいという意欲が、学習をアクセラレーションする。

 それは、ポケトークという機械翻訳ツールがあるからこそ可能になったわけで、学び立ての英語で小学生が素の状態で外国人に話かけるというケースはまずない。やれといわれても尻込みするはずだ。

 こうした一連の行動と成果は、教育現場では「キー・コンピテンシー」と呼ばれている。もともとは3つぐらいの定義がある言葉だが、今回の場合は「コンピュータのような物理的な道具、および言語、情報、知識といった社会文化的な道具を活用して、自らをとりまく環境や他者と対話し、世界に働きかける力」という定義がしっくりくるだろう。

 筆者もこれに似た経験がある。筆者は映像技術者として長いことハイエンドスイッチャーを触ってきたが、新しいスイッチャーのレクチャーは、メーカーから派遣されたアメリカ人トレーナーが英語で行う。通訳もいないが、背景となる知識が同じで、やりたいことも同じ、わからないのは使い方だけなので、英語のままでもわかってしまう。アメリカ人のトレーナーはこれを「Engineer’s Language」と呼んでいた。彼はトルコ、ロシア、中国など色々なところを回ってトレーニングしてきたが、どの国でもプロ同士であれば、現地語の通訳なしでトレーニングできていると言っていた。

 つまり、言語の異なる話者とのインタフェースとなるものは、言語でなくても構わないということである。ただ、しゃべる内容の背景となる「知識」はいる。余りにも知識差がありすぎる人間とは、例え言葉が通じても意思疎通は難しい。

 日本で英語を学ばせる理由は、世界全体で見れば話者が多く、国際社会では公用語扱いになっているからである。また他言語の国家でも英語を学ばせる国が多く、英語が中間言語の役割を果たすからである。

 テストの出来不出来で人を選別するための英語なら、学ぶのは空しい。だが英語を知ることで世界の人と会話でき、翻って日本語への理解が深まるのであれば学ぶ価値がある。

 現在都市近郊の小学校には、外国人の転校生が非常に多い。それも英語圏以外の家族である。実際に在留外国人の言語割合を見ていくと、多い順に中国語、韓国語、ベトナム語と続き、英語は第9位でわずか2%に過ぎない。

日本語に対する在住外国人の意識に関する実態調査(文化庁

 現在は機械翻訳ツールがあることで、日本語がわからない英語圏以外の子でもリアルタイム翻訳アプリを使って、日本語の授業を受けることが可能だ。テストも日本語が読めないだけで学習はできているので、文字の翻訳ができるカメラアプリを使って問題を翻訳することで、回答できる。

 現代の英語は、中間インタフェースとしての役割があることで、飛躍的に重要性が上がっている。だが機械翻訳ツールが普及すればローカル言語同士で直接会話できるので、中間言語としての英語の重要度は後退し、一般の言語と同じ程度まで重要度が縮小することが考えられる。

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