「ひよこババア」で話題となったDLsiteによる規制リストの提示だが、実はこの手のリストは筆者も21年初頭の段階で確認している。情報の出所は明かせないが、アダルトのみならず、さまざまな(電子を含む)出版コンテンツを扱う出版社らに対し、“シンガポール”を拠点とする国際カードブランドから一方的に特定の語句を含むリストが送りつけられ、「当該の語句を含むコンテンツを一律削除し、従えない場合はブランドの取り扱い契約を解除する」と通告が行われている。
「アダルトなら別にいいんじゃないか」と思われる層もいるかもしれないが、送付の対象となったのはアダルト専業や同人コンテンツを扱う事業者のみならず、日本の大手出版社らも含まれており、しかも規制リストには「殺人」など推理小説が全滅する勢いのキーワードまで含まれている状態で、出版社側としても寝耳に水の話で到底看過できる通達ではなかった。筆者が当該のリストを確認したのは、対応に困り果てた出版社が持ち寄ったもので、2021年より前、おそらくはその数年前から業界内で共通の問題として認識されていたものだと考えている。
加えて厄介なのは、前述の“通告”手段だ。PayPalのように規約でアダルト一律禁止をうたう業者はまだいいが、国際カードブランドなどは“犯罪”での利用について禁止する一方で、アダルト関連の規制について明確にしていない。実際、国内外含めて風俗関連店舗やサービスでMastercardやVisaが使えたりするのが一例だ(アクワイアラによっては取り扱いを拒否しているが、ブランド単位ではない)。
そのため、“通告”は各社に対して(口外しないことを条件に)個別に行われることになる。しかも、この“通告”は国際カードブランドの“日本”の拠点を通じてではなく、アジア太平洋地域の本社である“シンガポール”から直接行われている。確認したところ、“シンガポール”本社として全体で動いているわけではなく、同本社内の特定の部署が個別に交渉を行っているようだ。そのため、通常の窓口で日本やシンガポールの拠点に問い合わせても、どの会社に対して、どのような規制の“通告”が行われているのか、同社内の人間ですら把握しておらず、報道が行われて初めて事情を把握したという状況が生まれる。
もう1つが「規制のキーワードリスト」の存在だ。前述のように筆者は当該のリストを直に確認したが、DLsiteで話題になった言い換えのみならず、「よくもまぁ、これだけのマニアックな単語を並べたものだ」と感心したほどだ。DLsiteで示されたキーワードはごく一部にすぎず、実際のリストに並べられたキーワードはその倍では済まない数が存在している。おそらくは、交渉の過程で規制となるキーワードの数を絞りつつ、頻出するキーワードについては言い換えで対応しようと判断したものの、結果として交渉が決裂したというのが一連の流れだと考える。
なぜキーワードが規制対象となるのかといえば、「個別にコンテンツを指定していたら数が多すぎるので、対象とするコンテンツを一網打尽にできるキーワードをひたすら並べた」のが真実だと考えられる(前述の推理小説でも使われそうな一般的な語句が含まれているのが物語っている)。キーワード一覧のチョイスを見る限り、この分野にある程度精通した日本人が関与しているのは確実で、規制を推進する主体こそ不明なものの、その主体が想定するコンテンツを根こそぎ排除しようという意図は感じられる。
前半部分で触れたように、近年の規制はインターネット上で利用可能なECサイトやコンテンツ配信サイトがその主な対象となっている。インターネット経由であれば距離や国境を越えての取引が可能で、支払い手段としてのクレジットカードやデビットカードがそれを容易にするというわけだ。
「児童失踪・児童虐待国際センター(ICMEC:International Centre for Missing & Exploited Children)」の報告にもあるが、同センターは姉妹機関との連携で06年にFCACSE(Financial Coalition Against Child Sexual Exploitation)を設立しており、当該のコンテンツを販売するサイトとクレジットカード取引を引き離し、サイト側がより複雑な決済手段を模索することで、潜在的な購入者にその行為を思いとどまらせようという流れを進めている。
過去20年間にわたってクレジットカードと性的(虐待)コンテンツの分離が進められてきたわけだが、対象となるコンテンツの線引きが“曖昧な”なか、前述のカリフォルニア州連邦地裁の判決のようにレッドゾーンを大幅に動かしてグレーゾーンをあぶり出す行為が目立ち始め、昨今の状況が生まれつつある。
インターネット取引が国境を越える以上、国際カードブランド側が極度に警戒するという理屈も分かる。いつ自身に火の粉が降りかかるか分からないからだ。一方で、これに乗じて“自身の気に入らない”と判断したコンテンツを世間から排除しようと暗躍する層も存在しており、両者がせめぎ合っているのが現状となる。
ただ、筆者の意見としては「(規制を伴う)線引きは明確に示されるべきである」であり、昨今行われているような「秘密裏に各社に個別に圧力をかけてレッドゾーンを指定する」という行為はもっての外で、国際カードブランド各社による表現規制、あるいは特定個人による表現規定に他ならないという考えだ。
モバイルプラットフォームのアプリストアなどに対し、最近になり欧州を中心に開放圧力が強まっているが、その一端は独占禁止法的な視点のみならず、ストアの審査基準を含めた不透明な運営体制にあると考える。安心して使えるプラットフォームとは、その運営の透明性と健全性によって示されるべきで、極度に特定団体や個人に依存する形態は望ましくない。
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