このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
X: @shiropen2
米スタンフォード大学や米UCバークレー、米ペンシルベニア大学に所属する研究者らが2019年に発表した論文「Extensive childhood experience with Pokemon suggests eccentricity drives organization of visual cortex」は、幼少期にポケモン(ポケットモンスター)に熱中していたことが、成人してから脳の機能的構造にどのような影響を与えているかを調べた研究報告である。
この研究は、5歳〜8歳ごろに大量のポケモンを見た経験を持つポケモン経験者11人(平均年齢24.3歳、男性8人、女性3人)と、これまでポケモンのゲームをプレイしたことがないポケモン未経験者11人(平均年齢29.5歳、男性4人、女性7人)を対象に実施。参加者たちには、8つのカテゴリー(顔、体、ポケモン、動物、漫画、単語、車、廊下)の画像を見せ、その際の脳活動をfMRIでスキャンした。
解析の結果、ポケモン経験者はポケモン未経験者に比べて腹側側頭皮質(VTC)でポケモンに対して明確で再現性のある反応パターンを示すことが明らかになった。VTCは視覚処理において重要な役割を果たす脳の領域である。つまりポケモン経験者全員が、VTCにポケモンを識別するための特有の脳活動パターンを形成していたのだ。
また、ポケモン経験者の視覚野の反応パターンは、他のカテゴリー(顔、動物、体など)に対する反応パターンとは明確に異なっていた。これは、ポケモンが視覚野において独自のカテゴリーとして表現されていることを意味する。
一方、未経験者ではポケモンに対する反応パターンは他のカテゴリーと区別できなかった。この結果から、長期的にポケモンを見た経験が、視覚野にポケモン特有の情報表現を作り出したと考えられる。
さらに、機械学習を用いて視覚野の活動パターンからポケモンを識別できるかを調べたところ、ポケモン経験者の方が未経験者よりも高い精度でポケモンを識別できることが分かった。この結果は、ポケモン経験者の視覚野にポケモンに関する情報がより多く、明確に表現されていることを示唆している。
最後に、研究チームはポケモン経験者における視覚野の反応位置を分析した。結果、その位置が子供のころにポケモンをプレイしていた際の網膜偏心度(目の視線の中心からどれだけ離れているかを示す尺度)と関連していることが分かった。これは、幼少期の視覚経験の特性(ポケモンをどの位置で見ていたか)が大人になってからの視覚野の反応位置に影響を与えることを示している。
以上の結果は、幼少期のポケモン経験が成人後のVTCの機能的構造に影響を与えていることを示している。特に、網膜偏心度に基づく視覚野の機能的表現と一貫した視覚経験が組み合わさることで、特化した共通の反応パターンを形成することを示した。
Source and Image Credits: Gomez, J., Barnett, M. & Grill-Spector, K. Extensive childhood experience with Pokemon suggests eccentricity drives organization of visual cortex. Nat Hum Behav 3, 611-624(2019). https://doi.org/10.1038/s41562-019-0592-8
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR