このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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中国の山東大学斉魯医院やスウェーデンのカロリンスカ研究所などに所属する研究者らが発表した論文「Sweetener aspartame aggravates atherosclerosis through insulin-triggered inflammation」は、人工甘味料・アスパルテームが動脈硬化を悪化させるメカニズムを解明した研究報告である。アスパルテームは、砂糖(スクロース)の約200倍の甘味を持ち(参考:甘味の基礎知識)、カロリーがほぼゼロの人工甘味料である。
研究チームは、アスパルテームが動脈硬化に与える影響を調べるため、複数の実験を行った。まず、マウスを対象とした実験では、餌(高コレステロール・高脂肪な食べ物)に0.05%から0.15%のアスパルテームを含ませて与えた。その結果、アスパルテームの濃度が高くなるにつれて、動脈の動脈硬化巣(プラーク)が増加することが分かった。
さらに詳しく調べると、アスパルテームを摂取したマウスでは、動脈硬化プラーク内の炎症性細胞が増加し、安定性を保つ平滑筋細胞が減少していた。これは動脈硬化が悪化していることを示している。
次に研究チームは、アスパルテームがどのようにして動脈硬化を悪化させるのかを解明するため、血中インスリン濃度を測定した。結果、アスパルテームを摂取してわずか30分後に、血中インスリン濃度が大幅に上昇することが判明。また12週間連続して与えたところ、血中インスリン濃度が持続的に高くなった。これらの現象は霊長類でも確認でき、サルにアスパルテームを含む水を飲ませると、同様にインスリン濃度の上昇が見られた。
アスパルテームがインスリン分泌を促す仕組みを調べたところ、小腸に分布する甘味受容体が重要な役割を果たしていることが分かった。またその信号を迷走神経に伝えることを示した。
このメカニズムをさらに確認するため、研究チームはマウスの両側横隔膜下にある迷走神経を切除する実験を行った。すると、アスパルテームを与えてもインスリン濃度の上昇が見られなくなり、動脈硬化の悪化も抑えられた。これにより、アスパルテームは小腸の甘味受容体から迷走神経を介してインスリンの分泌を促し、それが動脈硬化を悪化させることが明らかになった。
さらに研究チームは、血管内皮細胞の遺伝子発現を網羅的に解析。その結果、インスリンの刺激を受けた血管内皮細胞では、CX3CL1(ケモカイン)という炎症を促進する物質が最も増加していることが分かった。この物質の受容体をマクロファージから取り除くと、アスパルテームによる動脈硬化の悪化が完全に抑制できた。
これらの実験結果から、アスパルテームは迷走神経を刺激してインスリンの分泌を促し、増加したインスリンが血管内皮細胞のCX3CL1を増やすことで、炎症を引き起こし動脈硬化を悪化させることが明らかになった。ただし、この仕組みがヒトでも同様に働くかどうかを確認するには、さらなる研究が必要としている。
この研究は、生理学分野の科学雑誌「Cell Metabolism」に2月19日付で掲載された。
Source and Image Credits: Wu et al., Sweetener aspartame aggravates atherosclerosis through insulin-triggered inflammation, Cell Metabolism(2025), https://doi.org/10.1016/j.cmet.2025.01.006
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