世界でも高い技術力を持つことで知られる日本企業。ニッチ分野で目立たないものの、高い技術や世界シェアを持つ企業は少なくない。ドイツの経営思想家のハーマン・サイモン氏はこうした企業を「隠れたチャンピオン」と定義し、経済産業省も「グローバルニッチトップ企業」として支援している。
グローバルニッチは高い技術力を持つ一方で、知名度が実力に比べて劣り、ITを駆使して海外でのブランディングや販売に生かしていることも多い。この連載では、こうした企業のIT戦略をインタビューで深堀りする。
第1回は板状の材料を切削加工する「NCルータ」を開発・販売するSHODA(静岡県浜松市)を取り上げる。同社は英語、中国語、ベトナム語の海外向けWebサイトを作成。VR(仮想現実)による製品のショールームを通じた海外での販売促進も計画している。
同社の庄田浩士社長は中小企業が海外進出するポイントについて「IT活用はもちろん、進出する国で良いビジネスパートナーをつくることが重要だ」と話す。聞き手は、海外進出する中小企業のブランディング支援などを手掛けるZenkenの本村丹努琉(もとむら たつる)。
──貴社は切削加工機械というニッチ分野の開発・販売を手掛けています。SHODAの概要と強みを教えてください
庄田社長:当社は1926年に祖父が静岡県浜松市で創業した加工機械メーカーです。「ルータ・マシン」という木材プラスチックやアルミニウムなどを手動で切削できる機械を開発したことで、業界では「ルータといえばSHODA」といわれるようになりました。
2代目の父が68年にコンピュータ制御で切削できる「NCルータ」を開発。会社も米国や欧州にNCルータを輸出するようになりました。
私が社長になり、14年には切削の際に粉じんの出ないNCルータ「プラネット・ブルー」を開発しました。切削粉じんが発生する加工エリアと、駆動装置のあるエリアを完全に分離。集じん機と送風機の組み合わせで気圧をコントロールして駆動部分に粉じんが入らないように工夫しました。
作業員が粉じんを吸えば、切削する材料によっては肺気腫などの健康被害をもたらすリスクがある上、粉じんが機械の故障の原因にもなるからです。ワイヤレスでNCルータを操作できる技術やクラウドで生産・経営・保守管理をできる技術も開発しました。当社の取引先は8000超にまで増えており、この分野で世界一の企業に成長することを目指しています。
──まさに経産省の言う「グローバル・ニッチ」の1社ですが、海外に進出したのはいつごろですか
庄田社長:最初は1950年ごろに米国に進出しました。その後、中国、インド、ベトナムでもビジネスをするようになりました。中国とインドには生産拠点もあります。GDP(国内総生産)の規模でトップクラスの国を中心に進出しており、今後はドイツにも進出したいと考えています。
──当時はインターネットもなく、情報発信が難しい時代だったと思います。苦労も多かったのではないでしょうか
庄田社長:現在ではルータなど切削機械に興味のある方がネット検索すれば、当社の名前がいくつも表示されます。ITやネット戦略に力を入れている企業ほど世界で活躍できる可能性が高まるといえるでしょう。しかし、当時はそうしたツールはなく、展示会か口コミくらいしか海外での知名度を上げる手段はありませんでした。そんな時代に当社が米国進出できたのは、製品の性能に加え、幸運に恵まれたこともありました。
当社のルータ・マシンは当時、毎分2万回転することができ、米国製(毎分6000回転)と比べて3倍以上の生産性を誇っていました。このため、ある米国メーカーが当社の製品を見て、米国の現地販売代理店になることを提案してくれたのです。主に米国の家具メーカーに販売していました。
──現在はITやネットを通じて潜在顧客が広がりました。同時に競合他社も増えたのではないでしょうか
庄田社長:ネットの普及により、チャンスも広がりましたが、世界中の企業が競合になったともいえます。今後は単純にWebサイトを作っただけでは埋もれてしまう可能性があります。投資をして自社の情報発信を際立たせる努力をしなければなりません。
一報で、日本で通用するやり方が米国やインドで通用するとは限りません。日本も今後は少子化による人口減少で市場が縮小していきますから、日本企業は国内市場の小さい台湾や韓国の企業と同様に、輸出をする前提で経営戦略を考えていく必要があると思います。
──資金力のある大企業は事業ポートフォリオ構築などのために複数の国に生産・営業拠点を設けています。一方で中小企業にとって海外進出はハードルが高いともいわれますが
庄田社長:日本企業は368万社もありますが、自社で直接輸出をできているのは約9000社にすぎないといわれています。理由は専門人材の不足と言葉の壁です。中小企業には貿易の専門知識を持つスタッフはいませんし、進出する国の語学が堪能な社員もいません。もちろん、海外諸国での自社の知名度は皆無です。このため、仮に世界で通用する商品があったとしても、海外との取引は商社を経由するのが一般的です。
──中小企業は有能な人材を採用するのも容易ではありません
庄田社長:待遇面や求人面に多くのコストをかけて海外駐在経験のある人や現地の人、現地の言葉を話せる人などを採用しています。待遇だけでなく、当社の「NCルータで世界一になる」という目標に共感してくれて入社してくれる方が多いと感じています。
──SHODAが、ITを通じた海外でのブランディングやマーケティングに乗り出した理由を教えてください
庄田社長:当社は木工加工の製品では海外でも知られていますが、現在の主力事業であるプラスチック加工のNCルータはまだ浸透していません。最初の海外進出時と違い、現在はネット経由で情報を知ってもらうことが可能ですから活用しない手はありません。
──海外進出に向けたITの活用での成功例を教えてください
庄田社長:当社の場合、英語と中国語とベトナム語のWebサイトを作成しています。その上で現地の展示会に出展し、来てくださったお客様には当社の現地語のWebサイトを確認してもらえるようにしました。
展示会に出展しても日本語のWebサイトしかなければ、海外のお客様は安心できません。商談依頼も展示会の名刺交換時ではなく、ネット経由でいただくことがほとんどです。海外のお客様からは、自国の言葉で会社のことを説明しているページがあって安心感や信頼感があったとの声がありました。
──現地語のWebサイトを設けるのは潜在顧客の安心感を得るのにプラスということですね。一方でそれだけでは自社の情報発信を際立たせられないという話もありました
庄田社長:今後はWebサイト上で、バーチャルリアリティー(VR)でショールームを見られるようにするなど、ネットを経由したお客様とのコミュニケーションを進化させていきたいと考えています。インターネットに接続した機器を活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現する「デジタルツイン」です。例えば、すでにNCルータを1台使っているお客さんが、2台に増やせば生産性がどのくらい上げられるのかをバーチャルでシミュレーションできます。
当社の場合は本社(浜松市)にリアルのショールームもつくり、仮想現実の中でシミュレーションした上で、現実の機械でも確認できるようにしました。当社には英語、ドイツ語、日本語、中国語、ベトナム語を話せる社員がおり、海外の潜在顧客にバーチャル、リアルの両方で体験してもらえるようにしています。お客様が現実の機械をPCで遠隔操作できる「コネクティッドNCルータ」も投入する方向です。
これに加えて、英語で当社や主力製品のNCルータを解説するブランディングメディアを新設する方針です。こうした努力を通じて英語圏の潜在顧客の理解を深められればと思っています。
──ネット経由のPRが、展示会など従来の海外施策より優れている点は
庄田社長:インターネットは世界で普及しており、ほとんどの潜在顧客にアクセスできます。また、展示会に4日間出展すると数千万円近くもコストがかかることもありますが、効果は期間限定でしかありません。ITを活用したPRの経費はかかっても数百万円ですし、効果は無期限です。コストパフォーマンスは従来のオフラインでの施策とは比較にならないほど高いといえるでしょう。
──一方でIT戦略の失敗例はありますか
庄田社長:新型コロナウイルスの感染拡大中の21年、22年にオンライン展示会に出品して、ほとんど効果が無かったことがありました。オンライン展示会に出展するよりも、常設サイトへの誘導のためにコストをかけた方が、効果があると思いました。実物を見たいというお客様は多く、オンラインで数日間、機械のPRをしても製品の魅力を知ってもらうのは難しいと感じました。
──中小企業やニッチ企業の経営者に向けて、海外進出する際の注意点は
庄田社長:ITの活用に加えて、人材や現地パートナーが重要だと考えています。同業種でも、当社と同じころに中国に進出した日本企業が複数ありました。しかし現在では皆さん撤退してしまいました。当社と最も違っていたのは人材の質です。当社には非常に優秀で誠実な中国人社員がいて、その社員が総経理(事実上の社長職)として現地で頑張ってくれました。インドでもインドに精通した社員が頑張ってくれています。
2番目のポイントは、現地でいかに良いパートナー企業を見つけられるかです。中国でも、24年から始めたインドでも、当社はとても良いパートナー企業に恵まれたと思います。
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