このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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中国の河南大学やエストニアのタルトゥ大学などに所属する研究者らが2022年に発表した論文「Enhanced Interplay of Neuronal Coherence and Coupling in the Dying Human Brain」は、心停止に至る過程での人間の脳活動を記録・分析した研究報告だ。
研究者たちは、脳出血により心停止に至った87歳の男性患者の死に際の脳波(EEG)を連続的に記録した。患者は転倒後に両側の硬膜下血腫を発症し、手術後にてんかん発作を起こした。その後、左脳の活動が停止し、次いで両半球の活動が抑制され、最終的に心停止に至った。
脳波分析は4つの時期に分けて実施した。発作後と左脳活動停止後、両半球活動停止後、心停止後で、それぞれ30秒間の脳波を詳細に分析した。
注目すべき点は、両半球の脳活動が停止した後、高周波のガンマ波活動が増加したことである。具体的には、狭帯域ガンマ波(30〜60Hz)と広帯域ガンマ波(80〜150Hz)の活動が、それ以前の時期と比較して2〜5倍に増加した。心停止後は全体的な脳活動は減少したものの、ガンマ波の相対的な割合は依然として高かった。
さらに異なる脳波間の連携関係において、左脳のガンマ波活動は、α波とシータ波によって調整されていた。この調整は心停止後も継続していた。特に左脳活動停止時には、α波によるガンマ波の強い調整を確認できた。
これらの発見は、臨死体験で報告される「走馬灯」現象と関連している可能性がある。健康な人の脳でも、記憶の想起や意識的な経験には、α波とガンマ波の連携が重要な役割を果たしている。研究者たちは、このような脳波パターンが、臨死状態での最後の人生回顧を神経生理学的に支えている可能性を指摘している。
Source and Image Credits: Vicente R, Rizzuto M, Sarica C, Yamamoto K, Sadr M, Khajuria T, Fatehi M, Moien-Afshari F, Haw CS, Llinas RR, Lozano AM, Neimat JS and Zemmar A(2022)Enhanced Interplay of Neuronal Coherence and Coupling in the Dying Human Brain. Front. Aging Neurosci. 14:813531. doi: 10.3389/fnagi.2022.813531
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