ITmedia NEWS > 企業・業界動向 >

大企業の新規事業が失敗してしまう3つの理由――事業化で覚えておきたい “組織のアップデート”とは【新連載】もう迷わない、新規事業のススメ(1/2 ページ)

» 2025年06月03日 09時00分 公開
[アドライトITmedia]

 大企業における新規事業開発は近年ますます活発化している。社内ビジネスコンテストやオープンイノベーションの導入が進み、最近では生成AIを用いたアイディエーション(斬新で実現可能なアイデアを生み出すプロセス)も一般化しつつある。

 しかし、実際の事業化に至るケースは意外に少ない。日本企業が直面する「アイディア創出」から「実行フェーズ」への壁とは何なのか。本稿では、このリアルな課題を紐解き、新規事業を進めるために必要な取り組みについて考察する。

大企業の新規事業は「アイディア創出」から「実行」に進んでいるか?

 近年、日本の大企業では新規事業開発に対する取り組みが目に見えて活発化している。多くの企業で社内ビジネスコンテストの導入が進んでおり、早稲田大学の調査によれば、日本の上場企業におけるビジネスコンテスト実施率は40%以上の推計(出典元:山嵜 未有希「ビジネスコンテストからの事業化は成功するか」2022)であると報告されている。

 また、経済産業省およびNEDO・JOICがまとめた「オープンイノベーション白書 第二版」によると、日本の大企業におけるオープンイノベーションを推進している割合(実施率)は47%と報告されている。この実施率は欧米企業(78%)と比較すると低いものの、日本の大企業の約半数が何らかの形でオープンイノベーション活動に取り組んでいることを統計的に示している。

 さらに近年では、生成AIやデザイン思考など、革新的なアイデア創出の手法が浸透し、多くの企業で斬新かつ実現可能なアイデアを効率よく生み出すプロセスが構築されつつある。

 しかし、アイデア創出は盛んになったものの、それらが本格的な事業化や収益化に至るケースは依然として限られている。実際、弊社の調査によると、3年目以降に活動が尻すぼみになる、制度はあるが成功事例がないため継続が難しいといった声が多く聞かれた。

 なぜ、多くの企業がアイデア創出フェーズから次の実行フェーズへの移行に苦戦しているのだろうか。次章では、この実行フェーズの壁について具体的に掘り下げていく。

各社事例にみる「実行フェーズのリアル」――共通する3つの課題

 今回調査した大手企業の新規事業担当者の話からは「実行フェーズ」で共通する3つの課題が見えてきた。

顧客と乖離した「飛び地」アイデアの限界

 大手企業が新規事業に取り組むモチベーションとしては非連続な成長を狙ったものが多い。あるいは、既存事業領域が落ち込む中で、新しい機会を常に探っていかないと会社としての競争力を維持できないという危機感から取り組むケースも多い。そのため、既存の事業領域とは全く異なる新規領域に参入するという「飛び地」的なアイデアがビジネスコンテストなどでは出てくる。

 しかし、多くの企業で、既存の顧客課題から遠ざかったアイデアは、大手企業のアセットを生かしづらく、新規顧客の獲得に苦労するため、事業の各段階に設けられている評価ポイントを通過できないケースが多い。ある製造業でも、当初「既存事業の外」に新たな価値を築くことを目指していたが、現実には予算制約や組織的な理解不足から、既存領域に近いテーマに回帰してしまった。

 このように大企業の新規事業開発においては、アイディエーションの段階で斬新な「飛び地」的発想が生まれても、実装段階へ移行する際に組織的制約や既存アセットとの乖離が障壁となっている。

組織や人材のリソースを生かしきれていない

 多くの企業では、会社が持つ、説明しやすい強みや資産(特に問題解決能力や特殊技術など)を活用して新規事業の基本構造を作ることはできている。しかし、その事業を実際に動かすための人材や意思決定の仕組みが整っていないという課題を抱えている企業が多い。実際には「やる人がいない」という構造的な人手不足に加え、中長期的なリターンが見えない事業にはリソースを割きにくいという経営層との温度差が存在する。

 ある企業では、社長が「成果が見えない」として新規事業創出に関わる制度を一時停止したケースもある。リターンが測りやすい既存事業と違い、リターンの不透明な新規事業にエース社員を含む社内リソースを投入できないという判断からだ。

 このように大企業の新規事業開発においては、アイデアやシーズ自体の欠如よりも、それを実行に移すための人材配置や意思決定プロセスが大きな壁となっている。経営層は短期的な業績向上の圧力から中長期的なリターンが不透明な新規事業へのリソース投入に慎重であり、一方で現場は実行体制が整わないというジレンマに陥っている。

 この課題を克服し新規事業を成功へと導くためには、明確なビジョンを持つ起案者を中心に、その想いを具現化するサポートができる社内外の伴走者、業界へのキーパーソンとつながりを持つ有識者、そして組織内での意思決定に影響力を持つ経営陣の連携が不可欠である。特に「飛び地」的なアイデアを実現するには、企業の既存アセットとの整合性を保ちながらも、新たな価値創造を可能にする多様なステークホルダーの協力体制の構築が求められる。

成功の定義が曖昧なまま求められる「成果」

 社内ベンチャー制度の推進担当者からは、「成功事例が必要だという声は多いが、その定義は企業ごとにバラバラ」という実情が語られている。ある企業ではカーブアウトを一つの成功と捉えている一方、別の企業では数十億円規模の売上をゴールに設定しているケースもあれば、とりあえず黒字化をゴールとしている企業もある。

 多くの企業で共通しているのは、「何らかの成功の実感が欲しい」という現場からの切実な声である。そういった現場の声からは、たとえ事業開発のプロセス自体が順調に進んでいても、目に見える成果や実績が少なければ、その取り組みが適切に評価されにくいというリアルな状況が垣間見える。

 加えて、新規事業においては「ブランド」を追い求める動きも見られるが、これと「売上を作ること」を混同してしまうケースが少なくない。ゼロから新たなブランドを構築するには3〜5年を要するのが一般的であり、ブランド構築で行うべきは、顧客をロイヤルカスタマーへと育てる活動である。また、同時に業界内の有力組織を巻き込みながらロビイングを行うことが求められるが、その過程で目立った売上は得られにくい。

 売上を重視するならば既存事業の延長線上にある領域、つまり既存顧客やアセットが生かせるテーマからの着手が合理的で、新規事業によるブランド創出はまったく異なる時間軸と戦略を要することを理解する必要がある。

「事業化」に向けた組織のアップデートが必要だ

 では、こうした課題をどう突破していくのか。ヒアリングから見えてきたのは、組織の“境界”を越える仕組みの重要性だ。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

あなたにおすすめの記事PR