ある企業では、新規事業を推進する拠点(いわゆる“出島”)を社内外に分離し、意思決定のスピードアップと自由度の高い探索を可能にしている。この出島では、外部スタートアップとの連携を進めながら、既存の社内ルールに縛られない形で事業化検証を進めている。独立性の高い運営体制によって、従来の組織構造では実現が難しい「飛び地」的なアイデアも、、既存事業の状況や制約に左右されることなく検証を進めることが可能になる。さらに、財務面でも従来の事業から切り離されることにより、独自の成果目標を設定し、その達成に向けて集中的に取り組むことができるため、明確な責任と成果の測定が可能になる。
あるいは、退職者ネットワーク(アルムナイ)の活用も効果的である。実際にある食品系企業では、社内制度では通らなかったアイデアを、退職後に起業して実現し、その後社内コミュニティに呼び戻すという循環が生まれている。アルムナイ活用は、大企業が直面する「新規事業人材のリソース不足」という課題への有効な対応策となる。いったん外部で経験を積ませ、成功体験を持った人材を再び迎え入れることで、企業文化と市場感覚の両方を理解した貴重な「バイリンガル人材」を獲得できるのである。このように、内と外の壁を低くし、多様なキャリアを許容することで、熱量の高い人材を新規事業に戻す動きが各社で模索されている。
このように、組織の境界を超えて、外部の知見や人材を柔軟に取り込む仕組みづくりが「実行フェーズ」にある壁を突破する手がかりとなる。また、このような組織アップデートを本気で推進していくためには、熱量を持った「やり切る人」の存在が重要になる。どれほど優れた組織設計や制度があっても、実際に事業を推進し実現する個人の情熱と実行力なくしては、事業化は成し得ない。「なぜあなたがその事業をやるのか?」という問いに明確に答えられる人材の存在こそが、事業化における決定的要素となる。
そのためには、外部支援会社の「制度設計」支援だけでなく、「伴走型育成」や「リアルな経験者との接続」が重要である。形式的な研修やマニュアルだけでは、真のアントレプレナーシップは育たない。実際のビジネス現場での経験と、そこから得られる失敗や成功体験こそが、人材を育てる最大の教材となる。
大企業における新規事業推進の課題は、単なる制度や組織の問題ではなく、人材の育成・活用と組織の境界をいかに柔軟に設計するかという点に集約される。「出島」や「アルムナイ」といった取り組みは、その有効な解決策の一つだが、それらを実効性のあるものにするためには、根底にある企業文化や価値観の転換も同時に進めていく必要があるだろう。
本連載では、次回以降も「実行フェーズの壁」をどう乗り越えるかに焦点を当てていく。新規事業を本当に前進させるためのヒントを、引き続きお届けしたい。
著者:株式会社アドライト(企業情報)
アドライトでは、オープンイノベーションによる新規事業創出や社内ベンチャー制度構築、イノベーター人材育成等、事業化の知見や国内外ベンチャーのネットワークを生かした事業創造支援を展開。事業会社だけでなく、国の行政機関や主要自治体とも連携し、未来へと続く事業を共創している。直近では、脱炭素・GX(グリーントランスフォーメーション)・クライメートテック領域に注力し、同領域に関心のある事業会社や地方自治体との共同プロジェクトを多数進めている。
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