ITmedia NEWS > 科学・テクノロジー >

太陽系にあるかもしれない“不思議な物質3選” 「ヘリウム化合物」「ほとんど金属な氷」「天然の準結晶」(2/3 ページ)

» 2025年07月08日 08時00分 公開
[彩恵りりITmedia]

超イオン氷:ほとんど金属にしか見えない氷

超イオン氷を原子レベルで見ると、水分子は存在せず、整然と並ぶ酸素イオンと、自由に動き回る水素イオンが観察できるはず 水素イオンは電気を運ぶため、超イオン氷は金属のような性質を示す(Image Credit: Maurice de Koning & Filipe Matusalem)

 水の固体である「氷」は、冬場や冷凍庫でしか見ないかもしれませんが、それでも身近な物質に違いないでしょう。氷に抱くイメージと言えば、ほとんど色がなく、気泡が無ければ透き通っており、硬いが力を加えれば割れてしまう脆いもの、といったところでしょうか。

 しかしながら圧力や温度を加えると、氷は直観に反するような性質を取るようになります。例えば圧力を加えれば、100℃を超える温度でも存在する氷を合成できます。

 普通の氷なら、100℃を超えれば融けるどころか蒸発してしまいますが、これは温度が上がるほど水分子の動きが激しくなるためです。圧力が高いほど、水分子の動きを押さえつけるため、融けも蒸発もせず固体の氷として存在できます。また、温度や圧力によって氷の結晶構造も変化するため、現在では20種類以上の異なる形態を持つ氷が見つかっています。

 また、50万気圧(50GPa)を超えるような極めて高い圧力の下で数千℃に加熱すると、氷と言うべきかどうかも疑問符が付くような性質を持つ「超イオン氷」(Superionic ice)が合成できます。合成されている結晶構造は2種類あり、それぞれに「氷XVIII」と「氷XX」という名前が付けられていますが、今回は主要な性質を取り上げるため、細かい違いには言及しません。

 超イオン氷は曲がりなりにも氷であるため、名目上の化学組成は相変わらずH2Oです。しかし名目上と書いた通り、実際にはH2Oというひとつながりの分子が存在するとは言い難い状態です。超イオン氷を原子レベルで見ると、化学結合から切り離されて自由に動く水素イオンが、その場から動かない酸素イオンの間を自由に動き回っているのを観察できます。

 超イオン氷という名前は、水素イオンが自由に動き回っている状態を指した名前です。また、水素原子は液体のように自由に動き回っているのに対し、酸素原子は固体のように動かないことから、超イオン氷ではなく「超イオン水」と呼ばれることもあり、 "固体と液体の中間的な物質" と例えられることもあります。

 プラスの電気を帯びている水素イオン(陽子)が自由に動き回っている超イオン氷の状況は、マイナスの電気を帯びている電子が自由電子として自由に動き回っている金属ととてもよく似ています。このため、超イオン氷は氷でありながら、金属とかなり似た性質を持っています。超イオン氷は光を通さず不透明であり、電気や熱を良く通します。力を加えても割れにくく、柔軟に変形します。

 超イオン氷が存在できる圧力は高いため、やはり身近では見られません。しかし、天王星や海王星のような、水を大量に含む巨大な惑星の場合、惑星の内部に大量の超イオン氷を含む層があると考えられます。

 天王星や海王星には、自転軸や惑星の中心から大きく外れた位置に磁場を持つことや、太陽から受け取るよりも多くの熱を放射しているなどの謎があることが知られています。惑星内部に電気や熱を良く通す超イオン氷があれば、奇妙な磁場の発生や大量の放熱に関わっている可能性もあるため、超イオン氷の存在は惑星科学的にも注目されています。

参考文献

Pierfranco Demontis, Richard LeSar & Michael L. Klein. “New High-Pressure Phases of Ice”. Physical Review Letters, 60 (22) 2284-2287. DOI: 10.1103/PhysRevLett.60.2284

Alexander F. Goncharov, et al. “Dynamic Ionization of Water under Extreme Conditions”. Physical Review Letters, 2005; 94 (12) 125508. DOI: 10.1103/PhysRevLett.94.125508

Hugh F. Wilson, Michael L. Wong & Burkhard Militzer. “Superionic to Superionic Phase Change in Water: Consequences for the Interiors of Uranus and Neptune”. Physical Review Letters, 2013; 110 (15) 151102. DOI: 10.1103/PhysRevLett.110.151102

Marius Millot, et al. “Experimental evidence for superionic water ice using shock compression”. Nature Physics, 2018; 14 (3) 297-302. DOI: 10.1038/s41567-017-0017-4

Marius Millot, et al. “Nanosecond X-ray diffraction of shock-compressed superionic water ice”. Nature, 2019; 569 (7755) 251-255. DOI: 10.1038/s41586-019-1114-6

Federico Grasselli, Lars Stixrude & Stefano Baroni. “Heat and charge transport in H2O at ice-giant conditions from ab initio molecular dynamics simulations”. Nature Communications, 2020; 11, 3605. DOI: 10.1038/s41467-020-17275-5

Filipe Matusalem, Jessica Santos Rego & Maurice de Koning. “Plastic deformation of superionic water ices”. Proceedings of the National Academy of Sciences, 2022; 119 (45) e2203397119. DOI: 10.1073/pnas.2203397119

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

あなたにおすすめの記事PR