宇宙に目を向けると、例えば「超高温・超高圧に圧縮された恒星中心部のプラズマ」「サイコロ1個が10億トンにもなる中性子星」「そもそも“物質”と言うことに議論の余地があるブラックホールの重力特異点」のように、想像もつかないほど極端な物質がたくさんあります。
しかし、そこまで極端な状況を出さずとも、宇宙には不思議な物質がたくさんあります。そのような不思議な物質は、宇宙という規模で見れば“庭先”でしかない太陽系の中でも見つかります。
この記事では、太陽系にあると推定される不思議な物質について3つ紹介します。最初の2つは実物こそ未発見なものの、合成実験によって発見済みであり、実際に惑星の内部にあると推定されています。最後の1つは実際に天然物から見つかっており、存在が確定しているものです。
教科書で「貴ガス」(希ガス)の項目を調べれば、「ほとんど化学反応しない」と書かれているかと思います。確かに、化学反応は電子をやりとりすることで成立するのに対し、貴ガス原子は電子を受け取りも放出もしないため、日常的な環境では化学反応をしない元素であると見なしても問題ありません。
しかし、注意して読めば“ほとんど”と書かれていることが分かる通り、貴ガスが化学反応を起こすこともあります。それは例えば「反応性の高い単体のフッ素を混ぜる」「化合物が分解しにくい低温環境に置く」「原子や電子を“無理やり押し込む”高圧環境に置く」などの状況が考えられます。
そのような珍しい貴ガス化合物の一例が「ヘリウム化鉄」です。東京大学大学院の竹澤春樹さんと廣瀬敬さんを中心とする研究グループが初めて合成に成功し、2月25日に論文が出版されたばかりの新しい化合物です。
ヘリウム化鉄という名の通り、この化合物はヘリウムと鉄の化合物です。合成実験と理論計算から、結晶構造の違いによって「FeHe0.25」と「FeHe0.167」の2種類が合成されていると考えられています。金属とヘリウムを高圧で圧縮して生成される化合物は「ヘリウム化二ナトリウム(Na2He)」に次いで2例目となります。
もちろん、身近でヘリウム化鉄を作ることはできません。「ダイヤモンドアンビルセル」と呼ばれる装置を使って、730〜2550℃(1000〜2820K)という高温と、5万〜54万気圧(5〜54GPa)という高圧をかけることで初めて合成できます。
しかし一度合成してしまえば、常温常圧に戻しても短時間ならば存在でき、低温環境ならば詳細な分析が可能な時間があるほど存在できます。ヘリウムの化学反応の困難さを考えると、分解を完全に防げないとはいえ、驚くべき安定性です。
もしかすると、ヘリウム化鉄は地球の中心部に存在するかもしれません。火山ガスの分析などにより、地球の内部にはヘリウムの同位体「ヘリウム3」が予想外に大量に眠っていることが分かっています。もう1つの同位体であるヘリウム4とは異なり、ヘリウム3は地球内部で新たに生成されることはないため、地中のヘリウム3は、地球が形作られた約46億年前に取り込まれたガスにのみ由来すると考えられています。
地中のヘリウム3は、これまでは主にマントルの岩石の隙間に含まれていると考えられてきましたが、あまり大量に保持できない上に速やかに抜けてしまうため、46億年たっても相変わらず湧いてくるほど大量に蓄えられている理由が大きな謎でした。しかし地球の中心部には、月の7割程度の大きさがある巨大な鉄の塊「内核」があります。
内核の環境はヘリウム化鉄を生み出すことが可能であり、化合物の形で大量かつ安定にヘリウムを貯蔵できます。もしも内核にヘリウム化鉄があるならば、地中から湧き出すヘリウム3の存在量を説明できるかもしれないため、今回の合成は惑星科学的にも大きな発見となります。
参考文献
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