世界でも高い技術力を持つことで知られる日本企業。ニッチ分野で目立たないものの、高い技術や世界シェアを持つ企業は少なくない。ドイツの経営思想家のハーマン・サイモン氏はこうした企業を「隠れたチャンピオン」と定義し、経済産業省も「グローバルニッチトップ企業」として支援している。この連載では、こうした企業のIT戦略や、それを支える企業の声をインタビューで深堀りする。
第4回はディスプレイ(店舗やイベント会場の内装)大手の乃村工藝社(東京都港区)を取り上げる。同社は3Dモデリング技術などを武器に、海外企業からも案件を受注。大阪・関西万博に出展する海外パビリオンの内装も一部手掛けている。
同社の原山麻子取締役は「ネット上で3Dの空間画像などを共有して往来にかかる時間を抑制し、その時間を創造的な仕事に振り向けられる」と話す。聞き手は、海外進出する中小企業のブランディング支援などを手掛けるZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)。
──乃村工藝社の事業概要を教えてください
原山取締役:当社は商業施設など空間のデザインなどを手掛けています。調査・デザインから施工、運営・管理までをワンストップで提供できるのが特徴です。商業施設や専門店のほか、ホテル、テーマパーク、博物館、教育施設、神社なども対象としています。
──建設関連企業は文化や建築規制の違う外国での仕事が容易でないイメージがあります
原山取締役:建設業界は受注額が多い上に海外での許認可が厳しい面があります。外国企業が大きな案件を受注しづらいとも言われています。現状では日本でも建設需要が旺盛であるため、企業は国内にとどまっても高い収益を確保できます。
ただ少子化を受けて、将来的には日本の人口が大幅に減少し、建設需要が伸びないリスクもあります。このため日本の大手建設会社は、海外でもビジネスチャンスを開拓しています。
乃村工藝社も許認可を取得した上で、マレーシア、シンガポール、中国などでデザインから施工まで受注できる体制を整備しています。また、デザインは建設ほど規制が厳しくなく、デザインのみを“輸出”するケースもあります。
──海外で許認可を取得するには何らかのコツがあるのでしょうか
原山取締役:現地法人を持つのが重要です。持たない企業にはなかなか許認可がおりないためです。当社も、現地に詳しいアドバイザーを入れ、ステップを踏んだ上で中国、マレーシア、シンガポールに現地法人を設立してきました。
──現地法人を設立するきっかけは
原山取締役:当社の場合、取引先である日本の不動産会社や外資系の高級ブランド企業などが海外で新たにビジネスをする際に一緒に進出することが多くあります。それが現地法人を設立するきっかけになります。
現地で実績を積んだり、海外の空間デザインのアワードを受賞したりすると、デザイナーや当社の認知度が高まります。それをきっかけに地元企業もデザイナーを指名して発注してくれることが増え、ビジネスが広がります。
──3DモデリングやVRの活用について教えてください
原山取締役:この数年は、技術の進歩により、可能になったことも増えています。特に3DやVRが代表例です。2次元の図面では不可能だったイメージを表現し、遠隔地にいる相手にも分かりやすく伝えられるようになりました。
例えば、3Dにより「床をふかふかしたものにする」といった繊細な表現をした上で、それをVRで海外の人とリアルタイムに共有し、意見交換することもできるようになりました。体験を共有することで、互いに納得しやすくなり、承認の手続きも迅速に進むようになりました。
大阪万博の一部パビリオンの内装を設計した際も、クライアントの担当者とコミュニケーションを取ることが前提になりました。
そのため、プロジェクトに関わるいろいろな人たちが容易に参加して動画をアップしたり、ネット上で議論したりできる環境を整えました。結果として、アイデアや創造性も膨らんでいきました。コミュニケーションの円滑化や承認プロセスの簡素化に加えて、質の向上にも寄与したと考えています。
──万博のパビリオンの設計では、海外企業とITを活用しながらコミュニケーションを取ったとのことですが、詳細を教えてください
原山取締役:万博のパビリオンの設計には、最新の技術を用いて曲面など複雑で詳細な形状などを表現しつつ、マレーシアなど海外にいる人でもオンラインで簡単に3D画像を見られるようにしました。
また、メタバース(仮想空間)やVRを通じて当社と海外企業の担当者がマレーシア館のイメージを体験しながら、音声でコミュニケーションできるようにもしました。メタバースではアバターとして同じ3D空間に参加することができ、VRでは建物の中の奥行きなどをより正確に把握しやすくなります。設計内容を修正する際は、担当者同士がリアルタイムで3Dを一緒に見ながらオンライン会議で議論し、反映させていくようにしました。
このような形で現実世界を仮想空間で再現したことにより、海外企業から担当者が来日しなくても仕事を円滑に進められました。実際に設計段階では、ほとんどマレーシアから日本に人が来ていません。
ITが進歩したおかげで、人が移動する時間やコストを抑制しながら、正確かつ詳細にパビリオンを設計できたと考えています。
──万博での新しい試みは成功しましたが、今後このような仕組みをどのように活用していくつもりですか
原山取締役:業務拡大に伴い、これからも国内外の遠隔地を拠点とするクライアントとのやりとりは増えていくでしょう。他のプロジェクトでも、今回のようにITを活用して業務を効率化し、得られた時間を創造的な仕事に振り向けていけるようにしたいと思っています。それが仕事の質をさらに高めていくことになり、クライアントにとってもプラスになります。
ただ今回、活用した仕組みがそのまま他のプロジェクトに使えるわけではありません。それぞれのプロジェクトに合わせて3Dモデルなどを共有する仕組みもアップデートしていく必要があると考えています。
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