日本で予定されている税制改正は、米国と同様に、IT分野への投資促進という波及効果を生む可能性があります。
特に、企業が中長期的に見返りを期待できる「攻めのIT投資」を実行しやすくなる点で、さまざまなプレイヤーにとって追い風となるでしょう。例えば、次のような業界・業態において「特需」が期待されます。
大手企業を中心とした基幹システムの刷新や再構築プロジェクトの立ち上げが活発化する可能性があります。特にクラウド移行やセキュリティ強化を伴う案件は、要件定義や開発・保守まで長期間のリソースを必要とします。
税制優遇により中堅・中小企業も含めたSaaS導入が加速すれば、導入支援・カスタマイズ・インテグレーション領域での引き合いが増えると考えられます。B2B向け業務支援系SaaSの販売パートナーやソリューション営業にも波及効果が期待できます。
プロジェクトの立ち上がりとともに「即戦力の人月」が求められ、SES企業での人材需要が増加するでしょう。とくに前述したSIer、SaaSプロバイダーでの開発案件が拡大する局面が見込まれます。
さらに、制度の恩恵を受けやすいのは、すでに開発準備が進んでいる「投資待ち」状態のプロダクトやシステムです。補助金や助成金と違い、税制による投資インセンティブは自由度が高く、意思決定さえ通ればすぐに開発が動き出すという点でも、業界全体への波及が迅速に進む可能性があります。
その意味で、今回の税制改正案は単なる財務上の制度にとどまらず、エンジニア採用・組織再編・人材育成といった広範な影響をもたらす“契機”となるかもしれません。
しかし、注意すべきは制度が5年間の時限措置であることです。制度の終了時に投資熱が冷め、開発プロジェクトが一斉に停止すれば、“制度依存型採用バブル”が崩壊する可能性があります。
米国では、そうしたバブル崩壊の結果として、レイオフされたエンジニアがフリーランス市場に流入し、一定の受け皿となりました。しかし、日本ではすでに以下のような状況が見られており、すでにITフリーランス市場が飽和傾向にあります。
こうした事情を踏まえると、日本のエンジニア市場では、制度終了後にフリーランスにも正社員にも戻りにくい空白期間が発生するリスクも無視できません。
今回の税制要望は、単に法人税の軽減策というだけでなく、エンジニアやIT系職種のキャリア戦略にも直結する重要なトピックです。
特に注目すべきなのは、制度による“追い風”が吹いている間にどのような選択をするか、そしてその後の“向かい風”にどう備えるかという視点です。
例えば、以下のようなアクションが有効と考えられます。
制度の変化は、企業の投資判断に影響を与え、それが人材需要やキャリアにも波及します。つまり、制度を「税務の話」で終わらせるのではなく、自分のキャリアの“背景にあるルール”として理解する必要があります。
IT業界の未来は、景気や技術トレンドだけでなく、制度によっても左右されます。だからこそ、エンジニア一人一人が制度の動向を見極め、波に乗るか、波に備えるかを選べるようになっておくことが重要です。
合同会社エンジニアリングマネージメント社長。博士(慶應SFC、IT)。IT研究者、ベンチャー企業・上場企業3社でのITエンジニア・部長職を経て独立。大手からスタートアップに至るまで約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、評価給与制度作成、組織再構築、ブランディング施策、AX・DXチーム組成などを幅広く支援。
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