このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
X: @shiropen2
米国の数学者であるC. エヴァンス・ヘッジズさんが発表した論文「x Plays Pokemon, for Almost-Every x」は、π(円周率)はいつかポケモンをクリアできるかという問いに、数学で挑んだ研究報告だ。
2021年10月、Twitchに「πがポケモンをプレイする」という奇妙なチャンネルが登場した。πの各桁(0〜9)をゲームボーイアドバンスのボタンに対応させ、1秒に1桁のペースで「ポケットモンスターサファイア」を自動プレイさせるというものだ。今回の研究報告の執筆時点では、主人公はいまだに最初のエリアから出られていない。それでもレベル90のジュカインを育て上げているというのだから、なかなかに味わい深い。
では、πはいつかポケモンをクリアできるのだろうか。
鍵となるのが「Disjunctive Number」という概念。これは任意の有限な数字列が小数展開のどこかに必ず現れる数のことで、「396」でも「77497」でも、あなたの電話番号でも、どんな並びを指定しても必ずどこかに見つかる。ルベーグ測度の意味でほぼ全ての実数はDisjunctive Numberである。
次に、ポケモンのようなコンピュータゲームは、メモリ容量の物理的な制約上、数学的には有限個の状態しか持ち得ない。画面情報、アイテム、ステータスなど全てを含めた状態は有限だ。ボタン入力による状態遷移は決定論的といえる。
バグなどの詰む問題がないと仮定すれば、オートマトン理論における「Synchronizing Word」の定理が適用可能になる。この定理はどの状態から開始しても必ず同じ一つの状態に到達するというもの。よって、ポケモンの状態がどうあれ入力することで必ずクリア状態へと導く「有限のボタン入力列」の存在が数学的に保証される。
Disjunctive Numberはあらゆる有限列を含むため、このクリアできる入力列も必ずどこかに現れる。従って、任意のDisjunctive Number xは、詰みがない決定論的ゲームを必ずクリアできるとなる。
ただし、πがDisjunctive Numberであるかどうかは証明されていない。そのため「πはポケモンをクリアできるか」という当初の問いには、答えることができていない。
また、理論的にクリア可能だとしても、現実的な希望はない。ポケモンのセーブデータには限りがあり、ボタンは8つ。計算によれば、クリアが保証されるまでに必要なボタン入力回数の上界は約2^(1014)回となる。この数は、観測可能な宇宙の原子数を大幅に上回る。Disjunctive Number xはいつか必ずポケモンをクリアするが、その瞬間を目撃する前に宇宙の寿命が来てしまう。
Source and Image Credits: Hedges, C. Evans. “$x$ Plays Pokemon, for Almost-Every $x$.”(2025).
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