このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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フランスのパリ=サクレー大学に所属する物理学者のマーク・バルテルミーさんが発表した論文「Not all Chess960 positions are equally complex」は、チェスの標準的な初期配置が本当に最適なのか、960通りの可能性からどの配置が複雑(難しい)か、公平かを検証した研究報告だ。
チェス960(フィッシャー・ランダム・チェス)は、1996年に世界チャンピオンのボビー・フィッシャーが提唱した変則チェスだ。通常のチェスでは序盤の15〜20手が定跡として暗記されており、創造的な思考よりも記憶力が勝敗を左右しかねない。
フィッシャーはこの問題を解消するため、バックランク(自陣の一番後ろの列)の駒配置をランダム化することを提案した。ただし、ビショップは異なる色のマスに置くなどの制約があり、これらの条件を満たす配置は960通りとなる。近年トッププロも参加する大会が開かれるなど、純粋な実力を測る形式として人気を博している。
バルテルミーさんは、世界最強クラスのオープンソースチェスエンジン「Stockfish 17.1」を用いて全配置の初期評価値を算出した。この研究では、各文字を駒(Nはナイト、Kはキング、Bはビショップ、Rはルーク、Qはクイーン)に見立てたアルファベットで配列を表記している。例えば、現在標準とされている通常のチェスのバックランク配置は「RNBQKBNR」となる。
その結果、960配置のうち956配置(99.6%)で白(先手)が有利と判定された。また分析の結果、通常のチェスの配置(518番)は、総合的な複雑性では47%と平均的である一方、公平性を示す非対称性指標では91%に位置し、黒(後手)にとって他の配列より不利な配置であることが明らかになった。
研究では、配置によって総合的な複雑性が最大で3倍も異なることが判明した。最善手を見つけるのが難しい最も複雑な配置は226番「BNRQKBNR」で、標準配置からa列のルークとビショップを入れ替えただけだ。たった一つの駒の位置が変わるだけで、総情報コストは960配置中で最大となった。
一方、最もバランスの取れた配置は198番「QNBRKBNR」で、評価値も非対称性もほぼゼロ。これも標準配置からa列のルークとクイーンを入れ替えただけの配置だ。
Source and Image Credits: Barthelemy, Marc. “Not all Chess960 positions are equally complex.” arXiv preprint arXiv:2512.14319(2025).
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