2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
ニュージーランドのオークランド大学に所属する数学者であるローレン・D・スミスさんが発表したプレプリント論文「Optimal illness policy for an unethical daycare center」は、病気の子どもを一定数保育施設に留めておくことで、他の子に感染、欠席させて保育施設の利益を最大化できることを示した研究報告だ。
一般的な企業においては、従業員が病気になれば生産性が低下し、感染が拡大すれば事業継続が困難になる。そのため病欠を推奨し、感染を最小限に抑えることが経済的な合理性にかなう。
しかし今回の数学的モデルでは、特定の条件下にある保育施設においては、施設内で一定の感染状況を維持し、意図的に子供たちを病気にさせることが利益を最大化するという逆説的な理論を導き出した。
この研究が前提とする保育施設の運営条件は3つ
これらの条件を満たす保育施設では、子どもの欠席日数が増えるほど利益が増加するという逆説的な構造が生まれるという。
この理論では、感染症の拡大を記述するSIRモデル(感染症の流行過程を示す数理モデル)を改良し、感染した子どものうち登園を続ける割合をパラメータとして導入した。
病気の子どもを全員帰宅させれば感染は広がらず、欠席日数は少ない。逆に全員を登園させれば感染は広がるが、病欠する子どもがいないため、やはり欠席日数は少ない。利益を最大化する最適点はその中間にあり、一定数の病気の子どもを登園させて感染を広げつつ、残りを帰宅させることで欠席日数を最大化できる。
計算の結果、麻疹のように感染力の強い病気ほど、最適な登園率は低くなり、同時に削減できる人件費は大きくなることが判明した。麻疹の場合、最適な登園率は約19%で、100人の子どもがいる保育施設では90日分の人件費削減が可能となる。COVID-19(オミクロン)であれば、最適な登園率は26%で78日分の人件費削減が可能となる。季節性インフルエンザでは最適な登園率が84%、人件費削減の可能日数は4.4日にとどまる。
論文は、これが非倫理的な保育園のための指南書ではないと明記している。むしろ、こうした経済的インセンティブが構造的に存在することを明らかにし、制度的な対策の必要性を訴えるものだ。具体的には、出席率に応じて保育士を帰宅させる慣行の廃止や、保育士への有給病気休暇の付与が、このインセンティブを除去する方法として提案されている。
Source and Image Credits: Smith, L.D.(2026). Optimal illness policy for an unethical daycare center.
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