生成AIの登場以降、多くの企業が「AIを業務に取り入れるべきか」というフェーズから、「どの業務をAIに任せるべきか」という段階へと進みつつあります。文章作成、要約、コード生成、問い合わせ対応など、さまざまな領域でAIを利用する事例が増え、「AIは人間の仕事を置き換える」という議論も頻繁に聞かれるようになりました。
しかし、この状況を少し引いた視点から見ると、いま起きていることはAIの普及というよりも、むしろ「AIを巡る覇権争いの最中にある」という側面が強いといえます。現在の生成AI市場では、巨大テック企業が膨大な投資を行い、ユーザー数を獲得することを最優先に競争しています。
AIモデルの開発やGPU投資、クラウドインフラ・データセンター整備には莫大な資金が投入されており、そのコストを短期的に回収することは想定されていません。むしろ、ユーザーを囲い込むために、ある程度のコストを“我慢”している状態だといえるでしょう。この状況は、通信インフラの歴史と非常によく似ています。
合同会社エンジニアリングマネージメント社長。博士(慶應SFC、IT)。IT研究者、ベンチャー企業・上場企業3社でのITエンジニア・部長職を経て独立。大手からスタートアップに至るまで約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、評価給与制度作成、組織再構築、ブランディング施策、AX・DXチーム組成などを幅広く支援。
携帯電話の通信料金を思い出すと分かりやすいかもしれません。3G回線が普及した時代、日本では「パケホーダイ」というサービスが登場し、データ通信が実質的に使い放題となる時代がありました。スマートフォンが普及する以前、ユーザーはパケット通信の上限をあまり気にすることなくインターネットを利用できたのです。
しかし4G時代になると状況は変わりました。通信量が爆発的に増えたことで、データ通信は一定量までの上限付きプランが一般的になりました。現在の5G時代でも、楽天モバイルなど一部の例外を除けば、通信量には何らかの上限が設定されているのが普通です。通信インフラは「使い放題」から「制限付き」へと移行しました。
この流れを踏まえると、生成AIも同じような道をたどる可能性があります。
現在のAI市場は、まさに通信インフラで言う「パケホーダイ」のような状態です。AI企業はユーザー数を拡大するために、比較的安価、あるいは無料に近い価格でAIサービスを提供しています。API料金も一定程度抑えられ、多くの企業が「まずはAIを使ってみる」ことができる環境が整っています。
企業の現場でも、AI活用は急速に広がっています。文章作成や議事録生成、コード生成、データ分析補助など、「AIに投げてみる」という使い方が一般化しつつあります。特に一部のメガベンチャーやスタートアップでは、AIを前提とした開発プロセスが確立されつつあります。設計・開発・テスト・リリースのサイクルが短縮され、開発速度が劇的に向上している企業も出てきました。
その結果、中にはこれまで週2日稼働していた外部エンジニアとの契約を解除し、内製化に舵を切っている企業すらあります。AIを使うことで、少人数のチームがこれまで以上のアウトプットを出せるようになっているのです。
ただし、この状況を「AIが人間を置き換えている」と結論づけるのは早計かもしれません。
現在のAI市場は、巨大企業による覇権争いのフェーズにあります。巨大な投資を行い、ユーザーを囲い込み、プラットフォームを確立する段階です。そしてその後に訪れるのは、多くの場合が投資の回収フェーズです。
もしAI市場が通信インフラと同じような道をたどるのであれば、覇権争いが落ち着いた後には次のような変化が起きる可能性があります。
つまり、「AI使い放題」の時代は長く続かないシナリオがあるわけです。現在はユーザー獲得のためにコストを我慢している企業も、覇権争いが終われば投資回収を始める必要があります。その時、AI利用のコスト構造は大きく変わるかもしれません。
生成AIはソフトウェアサービスとして提供されていますが、その裏側では巨大なデータセンターが稼働しています。AIモデルの学習や推論には大量のGPUが必要であり、それらは膨大な電力を消費します。
実際、AI向けデータセンターの電力消費は急増しており、電力コストそのものがAIサービスの価格に影響を与え始めています。ITmedia NEWSの報道でも、AI普及による電力需要の急増がデータセンターの電気料金や電力確保に影響を与えていることが指摘されています。
つまり、AI価格の問題は単なるビジネス戦略ではなく、物理的なインフラコストの問題でもあります。GPU価格、電力コスト、データセンター投資などを考えると、現在の低価格が長期的に維持される保証はありません。
通信インフラが「パケホーダイ」から制限付きプランへと移行したように、生成AIも将来的にはコスト構造の見直しが起きる可能性があります。
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