Innovative Tech
“贈り物”は善意の皮を被ったマウントツール? 東大が“お返しのプレッシャー”から数学的に権力競争を読み解く
ちょっと昔のInnovative Tech:
2019年の開始以来、多様な最新論文を取り上げている連載「Innovative Tech」。ここではその番外編として“ちょっと昔”に発表された世界中の個性的な研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
東京大学大学院に所属する研究者らが2024年にPLOS Complex Systemsで発表した論文「Emergence of economic and social disparities through competitive gift-giving」は、贈与による地位の競争を数理モデルで表現し、社会構造がどのように変化するかを計算機シミュレーションによって明らかにした研究報告だ。
世界中の多くの伝統的社会では、儀式の場などで公的に贈り物を与えることで、贈り主が名声を得て、受け取った側に返礼の義務を負わせる競覇的な贈与という慣習が存在する。これは単なる親切心からの物のやり取りではなく、相手に義務を課しながら自らの地位を高める社会的な駆け引きである。
本研究では、この贈与の相互作用を「何倍にしてお返しすれば適切な返礼と認められるか」(利率)と「生涯に何回贈与を行うか」(頻度)という2つの要素に落とし込み、社会全体にどのような変化が起きるのか数学的にシミュレーションした。
シミュレーションの結果、これら2つの要素が大きくなるにつれて、社会状態が4つの段階を踏んで規則的に変化していくことが判明した。具体的には、贈与が活発になるとまず人々の間に経済的な格差が生まれ、次いで社会的な名声の格差が広がっていく。そして圧倒的な富と名声を持つ一人の王が出現し、それと同時に一般民衆の間の身分差は縮小していく。
この格差の広がりと社会ネットワークの変化プロセスは、人類学で知られる典型的な社会構造の移り変わりに対応している。最初は平等な血縁関係で結ばれた関係だったものが、同胞意識で連帯する部族となり、やがて身分差が明確な首長制社会を経て、最終的に安定した権力を持つ”王国”へと発展していく。
これまで人類の歴史は、余剰生産物が増えたことで非労働者を養えるようになり、社会の分業が進んだと説明されがちだった。しかし本研究は、豊かな生産物が人々の間で贈与の競争を活発化させ、その相互作用こそが格差や社会構造の変化を生み出す原動力になったという歴史観を示唆している。
Source: Itao K, Kaneko K (2024) Emergence of economic and social disparities through competitive gift-giving. PLOS Complex Systems 1(1): e0000001. https://doi.org/10.1371/journal.pcsy.0000001
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2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説している。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。
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