筆者が感じた不安は、言うなれば「情報の非対称性」だ。
例えば先に挙げた名刺交換のシーンを考えてみよう。はじめまして、という相手と名刺交換する場合、互いに相手のことは知らない。その意味では情報はお互いにゼロであり、対称である。
名刺交換しても、相手の名前や会社名、役職などは分かるが、相手の会社やその人の仕事のことまでは詳しく分からない。この段階でもまだ情報は対称である。
だがそこに相手方だけAIグラスからの情報が入ってくると、自分は相手のことをまったく知らないが、相手はこちらのことをよく知っている状態になる。ここで、情報の非対称性が生じる。
人間関係は、こちらが持っている情報が少ないことで、圧倒的に不利になる。特に交渉事はスタート時点で不利だと、なかなか逆転することは難しい。これは詐欺でも同様の手法がよく使われている。薄い情報であっても、こっちのことはなんでも知ってるぞと相手に知らせ、有利な立場に立つところから始まる。
それがビジネスの現場であったら、AIというツールを使いこなせていない方が悪いという話になる。だったらお前もAIグラス買えよという話で終わりだ。
しかしビジネスの現場ではないところではどうだろう。居酒屋で楽しく飲んでいるときに、向かいの席のAIグラスをかけた連中からクスクス笑われたら、いい気持ちはしないだろう。
容姿が無断で撮影されてネットにさらされるのは、プライバシーの侵害ということは誰しも理解するところだ。だがそれに加え、相手がこちらが提示している以上の情報、逆に言えば積極的に知られたくない情報を勝手に得ているということは、「自分の情報が自分のコントロール下にない」ということであり、これも一種のプライバシーの問題となりうる。平たい言葉で言えば、新種の「ハラスメント」ということであり、心身の安全に関わる問題である。
同様のことは、スマートフォンとカメラ、AIアプリなどを組み合わせれば現時点でも可能だろう。だがこれが今まで問題にならなかったのは、スマートフォンで撮影するという行為は明らかに目立つため、相手の同意が必要になるという蓋然性が高かった。またスマートフォンは、画面を人に見せて情報を共有することが可能であり、何をしているのか、あるいは何をしていないのかを証明することができた。
だが現代のAIグラスは、かつてのGoogle Glassのような突飛な形状をしておらず、一般的なメガネやサングラスのように見える。スマホやカメラを取り出して撮影するというアクションを取らなくても撮影が可能であり、相手の同意が必要であるという蓋然性が低い。つまり存在が目立たないし、何をしているのかはAIグラス使用者にしか分からない。
人よりも有利に立てることを好む人は多い。ではそれに対抗するため、全員がスマートグラスを付けて対等になれば、問題は解決なのか。
ある限られた社会、例えばビジネスの現場など、コンセンサスが取りやすい場所ではその論理もありうるだろう。しかしそれが一般社会に溶け出したとき、そこに軋轢(あつれき)が生じる。
Google Glassの時は、AIグラスお断りのレストランなどが出てきた。特に日本はプライバシーを尊重する社会であるため、同様のアクションは比較的短期間で起きる可能性は高い。
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