水素を常温の液体に加工、大量輸送問題の解決へ和田憲一郎が語るエネルギーの近未来(8)(1/3 ページ)

燃料電池車(FCV)など水素社会を論じる際、製造した大量の水素をどのようにして運ぶかが課題になる。水素を液体として運ぶ、常温・常圧で。このようなブレークスルーを実現しようとしている企業がある。なぜ可能になったのか、技術に将来性があるのか、事業展開や課題について聞いた。

» 2014年12月24日 07時00分 公開

 水素には課題がある。その1つが効率よく大量輸送する手段が限られていることだ。水素ガスのまま運ぶとあまりにもかさばる。例えば天然ガスと同じ量のエネルギーをもつ水素をガスのまま輸送しようとすると、体積(輸送量)が天然ガスの3倍になってしまう。200気圧に圧縮して運ぶと、体積は200分の1に縮む(現在のトレーラー輸送の主流)。その代わり、圧縮時にエネルギーが必要だ*1)。加えて、高圧に耐える容器や装置が必要になる。

 低温で液化すると体積は800分の1になるものの、液化時にエネルギーが必要だ。−253度という温度を維持する装置も用意しなければならない。

 水素を液体として運ぶ、常温・常圧で。このようなブレークスルーを実現しようとしている企業がある。なぜ可能になったのか、技術に将来性があるのか、事業展開や課題について聞いた。

*1) 圧縮に要したエネルギーや液化水素の冷熱を回収する手法もある。圧縮や冷却に必要なエネルギーが全て無駄になるのではない。なお、圧縮や低温による液化、本文で紹介する千代田化工建設の手法の他にも、パイプラインで輸送する、アンモニアに加工する、水素吸蔵合金に蓄える、メタン化する(Power to Gas)といった手法がある。

大陸間輸送計画から始まった

 今回は、水素を常温・常圧の液体にして運ぶことを可能にした千代田化工建設の技術責任者である技術開発ユニット兼水素チェーン事業推進ユニット 技師長である岡田佳巳氏に、話を聞く機会を得た(図1)。

図1 千代田化工建設の岡田佳巳氏と、同社で開発した触媒(右下端)

和田憲一郎氏(以下、和田氏) どのような経緯から、水素を常温・常圧の液体として運ぶ「水素貯蔵輸送システム」の開発が始まったのか、教えて欲しい。

岡田氏 当社はエンジニアリング、つまりプラントを受注して設計・建設することを得意とする企業である。しかし、受注産業は景気に左右されやすいため、安定収益が得られるビジネスモデルを模索していた。そのなかで、水素製造プラントの建設などで培った水素技術を活用して展開できないかと考え、水素を液体でハンドリングする技術開発を進めてきた。

 水素の液化を目指した研究には歴史がある。例えば1980年代に進められた「ユーロ・ケベック計画」だ。カナダで余った水力電力を用いて電解槽を動かし、水素を作る。これを、ヨーロッパに輸送するための国際研究開発プロジェクトである。大きく分けると3つのテーマがあった。1つ目は−253度の液化水素を用いる案。2つ目が液化アンモニアに変える案。3つ目がメチルシクロヘキサン(MCH)法による液化案である*2)。当時のMCH法では、MCHから水素を取り出す、いわゆる脱水素反応に必要な触媒の寿命が2日程度。実用化が困難であった。このため、プロジェクトは10年続いたものの、1992年に断念した。

*2) 特定の有機物に水素を化学結合させ、その後「分解」して取り出す有機ケミカルハイドライド法の一種。特定の有機物自体は何度でも再利用できる。

 その後、日本でも新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が進めた「ニューサンシャイン計画水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術(WE−NET)研究開発」の中で、1992年から2002年まで検討が進んだ。このプロジェクトの目的は、再生可能エネルギーの導入普及を進めることにある。その際、水素を二次エネルギーとして活用するための技術確立を目指して創設された計画だ。だが、結果として実用化レベルには到達せず、2002年に終了した。その後、燃料電池車(FCV)やエネファームの開発は進んだものの、大規模に水素を貯蔵し、輸送するという課題が残ってしまった。

 当社が「SPERA水素」*3)プロセスの開発に着手したのは2002年。2004年に横浜で開催された世界水素会議で初めて学会発表を行った。その後、2005年から「水素サプライチェーン構想」(図2)の提案を開始。2009年にはラボでの触媒開発を完了し、触媒の工業レベルでの大量供給体制が整ったことから、2011年に実証プラントの建設計画を開始。2013年4月に稼働し、延べ運転時間1万時間を達成している。

*3) 常温・常圧の水素貯蔵システムで使われるメチルシクロヘキサンに対する千代田化工建設の呼称。

図2 水素サプライチェーン構想の全体像 適地で水素を製造し、液化して日本まで運ぶ(クリックで拡大) 出典:千代田化工建設
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