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コラム
» 2004年07月08日 00時00分 公開

第13回 テレビに双方向機能は必要か〜ヨーロッパに見る通信と放送の融合(5)通信と放送の非融合〜何が両者の間を隔てているのか?〜

ヨーロッパの双方向テレビの発展を俯瞰するシリーズの最終回となる今回は、ブロードバンド網を利用したテレビ向け放送サービスを紹介し、放送の双方向化が意味することを考えてみたい。

[森下真理子,電通総研]

英国ハル市のADSL放送

 まずは英国ハル市の通信事業者、Kingston Communications社が子会社Kingston Interactive(KIT)を通して提供するADSL放送、KITを紹介したい。同社を取り上げる理由は、2000年9月に商業ベースでサービスを始めたADSL放送の先駆的存在であること、そして同プラットフォーム上で行政機関やBBCが数々のトライアルを行っているためである。

 KITは、BSkyB系の多チャンネル放送に加え、インターネット接続やメール、ショッピング、ビデオ・オン・デマンド(VOD)などの付加サービスも提供している。しかし2004年第1四半期実績で加入件数は約5,300世帯と経営的にはやや厳しい状況にある。

テレビ上の行政サービスの例

 英国政府は双方向機能を備えたテレビを重視する理由として、デジタル・デバイドの問題を挙げている。さらには災害などの緊急時に詳しい情報をほぼ全家庭にあるテレビ受像機に向けて提供できること、また双方向環境を整えれば誰もが行政情報にアクセスできることをメリットとしている。

 はじめから双方向環境が保証されているKITはこうした行政サービスを試行するためにはうってつけのプラットフォームである。

 英国保健省が試験的に運用する健康関連情報システム、NHS Directは、症状から病名と簡単な対処法が検索できるもので、住民から高い評価を得ている。

NHS Direct NHS Direct−健康関連情報サービス

 また、地元市議会がKingston Communications社の主要株主という背景もあり、KIT利用者は市の行政情報などをテレビ画面上で閲覧することができる。

BBCのトライアル

 2001年10月、BBCはKITプラットフォームを利用した双方向実験プロジェクトの概要を発表した。プロジェクトは稀に見る規模のもので、現地放送センターの建設や各種番組配信サービスに5年間で2,500万ポンド(約50億円)の予算を計上した。BBCの目的は、トライアルを通してローカル放送の将来像を検討すると同時に、デジタル放送時代を見据えたコンテンツ開発の試行にあった。

 そのサービスは大きく分けると、ローカル・ニュースや天気予報など現地コミュニティー向けコンテンツの配信と、ドラマやドキュメンタリーなど人気の高い全国放送用コンテンツのVOD配信の2種類である。

 さらに踏み込んだサービス事例としては、ハル市が位置するヨークシャー東部を舞台にした歴史ドラマの制作が挙げられる。BBCは地元からエキストラ出演者を募り、番組と連動したライブ・チャットの場を提供するなど、地域コミュニティーに密着した番組制作を行った。

 また教育コンテンツの開発にも力を入れ、英語、算数、理科の小学生向け学習教材を提供し、児童がBBCの用意した教師とテレビを介してインタラクティブに交流できる実験を行っている。

BBC BBCの“SOS Teacher”

まとめに代えて〜放送の双方向化が意味すること

 これまでヨーロッパで提供されている様々な双方向サービス事例を紹介してきたが、最後に「テレビの双方向化」が目指すべき方向性を、世界初の「双方向サービス」事例にヒントを求めつつ、私見を交えて考えてみたい。

 双方向サービスの起源はテレビ黎明期に求めることができるだろう。米国CBSで1953年10月10日から57年4月27日まで土曜朝に放送された子供向け人気アニメ番組「Winky Dink and You」がそれである。

 当然これは電話回線を必要とする双方向サービスではないが、おそらく世界で初めて視聴者の番組参加を促す仕掛けが施されていた。番組に参加するためには透明プラスチック板やクレヨンが入った番組専用キットが必要だった。50セントでキットを購入したら、番組ナレーションに従ってテレビ画面に重ねたプラスチック板の上に番組に欠けている要素を直接描きこんでいく。例えば主人公のWinky Dinkが悪人に追われる場面では、主人公を助けるため番組の指示に従ってプラスチック板に梯子を描きこむ。キットがなければ梯子を伝って逃げる場面は成立しないことになる。

Winky Winky Dink and You

 子供がテレビに近づきすぎる、キットを持たない子供がテレビ画面にクレヨンで直接絵を描いてしまう、などの苦情が親から出たものの、番組は強い人気を集めた。主人公と一緒になってはらはらしながら子供たちがクレヨンを握っていた様子は想像に難くない。

 「Winky Dink and You」の事例は50年の時を経て貴重な示唆に富んでいる。技術革新に伴う放送のデジタル化、通信との融合が盛んに言われるが、テレビの本質が娯楽にあることに変わりはない。「最先端技術を利用して何ができるか」という発想に陥りがちだが、「テレビがどうおもしろくなるか」という視点が欠けては、双方向テレビは高度技術のショーケースで終わってしまう。

 日本でもBSデジタル放送の開始以来、放送局、放送プラットフォーム、双方向技術デベロッパー等が視聴者に利用される双方向サービスの開発に腐心している。現状では普及規模や技術的制約により必ずしも思い通りの運営がなされているとは言えないが、インターネットや携帯電話など他メディアとの連動を深めることを視野に入れれば、今後番組視聴経験をより豊かにする付加サービスを提供することは可能である。

 放送の双方向化は「能動的な番組視聴」を促すとよく言われる。しかしここで注意すべきは「能動的な番組視聴」の範囲である。俗にソファに座りリラックスして視聴するからこそ「リーンバック・メディア」と呼ばれるテレビにおいて視聴者にどこまでの能動性を求めることができるだろうか。

 テレビ上の情報サービスは確かに便利で、放送の公共性を鑑みると行政情報などにアクセスできる環境を整備する必要はある。しかし視聴者がテレビの双方向化のメリットを最も実感できるのは、番組関与を深める仕掛けにより番組内容への共感が高まったり、従来の放送にはない映像サービスを受けたりするときではないだろうか。

なお、「Winky Dink and You」の専用キットは最盛期には1週間で25,000セットが売れたという。放送局に新たな収入機会をもたらす可能性がある双方向サービスだが、視聴者に受け入れられる優良コンテンツの存在がその前提となることは言うまでもない。

 国内ではAV機能を強化したパソコンが売れ筋となり、デバイス面での通信と放送の融合が進んでいる。また本連載シリーズで取り上げてきたように、地上デジタル放送の進展に伴い、携帯電話の1セグ受信、携帯電話と連動した双方向サービスなど、放送受信形態は今後ますます多様化の一途をたどる。こうした流れは視聴者視点に立てば番組視聴の時間、場所の制約からの解放を意味するが、放送に携わる側にはマスメディアとしてのボリューム感の維持と細分化する視聴の捕捉という課題を投げかける。

 「新技術を取り入れることで放送サービスの可能性は無限に広がる」と考えることは、結果的には「何もできない」、あるいは「誰にも利用されない」ことにつながる危険がある。基本に立ち返るようだが、放送メディアの強みを踏まえた上でそれを補強する付加サービスの開発が一層重要となるだろう。

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