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ニッチ・オーバーラップ理論e-biz経営学

» 2004年12月09日 03時45分 公開
[三橋平,筑波大学]

 前回の私の担当分では、ポピュレーションと呼ばれる組織群が生まれ、成長し、そして寡占化が起こるプロセスを説明した密度依存理論を紹介しました。今回のコラムでは、まず、この理論が抱える問題点から考え、そしてそれらの問題を解決するなかで生まれたニッチ・オーバーラップ理論について紹介したいと思います。ちなみに、組織理論におけるニッチとは、「大企業が取り扱わない隙間」というマーケティングにおけるニッチとは異なり、単に「組織環境における資源スペース」を意味していると考えてください。

 前回の復習になりますが、密度依存理論は、組織群の成長を、その組織郡内の組織数によって説明しています。例えば、ベンチャー・キャピタルという組織群を考えた場合、ベンチャー・キャピタルの数が増えれば増えるほど、この組織群に対する社会的信用・地位が高まり、ベンチャー・キャピタルという1つのビジネス・モデルが市民権を得、その結果、より多くの資金や人材の流入が起こることで更なる成長が起こる、と考えられます。しかしながら、そもそも「なぜ多くのベンチャー・キャピタルが存在するのか」を説明するのに、「多くのベンチャー・キャピタルが存在するから」では、理論的な説明ができたとは言えません。特に、組織群の成長が萌芽期やそれ以前の、そもそも組織の数が少ない時に、なぜ組織の数が社会の中で増えていくのか、そのダイナミズムの源は何のか、は多くの研究者にとって研究の対象となりました。

 この問題に対する1つの解は、行政機関による社会的信用や市民権の付与であると考えられています。一般に、行政機関は、社会において不確実性が高い場合、価値判断が根付いていない状況において、一定の価値や地位を作り出すメカニズムを持っています。例えば、以前、多量のダイオキシンを含んだ自分の作物を手にした農家の方が、「国が安全基準を明確にし、これ以下のダイオキシン量ならば安全、と宣言できるので、助かるのに」と、その当時の行政による価値基準の不在を嘆いていたニュースを見たことがあります。また、今年春の六本木ヒルズでの回転ドアによる死亡事故でも、「回転ドアについての、国の明確な基準がないのが問題。」との指摘があったのも、皆さんの記憶に新しいのではないでしょうか。これらの考えに共通したメカニズムは、国という行政機関が、法律や通達を通じて、ある一定の数値や判断基準を示すことで、その基準内にあるものに対してお墨付きを与え、社会的な信用が発生するというものです。

 このような、いわゆる信用力の創造は、農作物や回転ドアを対象にしたものばかりではありません。産業の萌芽期においては、いかがわしい悪徳業者が市場に乱入することが多々あり、それによってまともな正規業者が混同され、被害を受けることがあります。行政機関が、免許や申告を義務付けることにより、悪徳業者が排除され、正規業者に対する市場の信用が回復されます。このような未発達な組織群に対して信用や市民権という新しい息吹を吹きかけ、そして育てていく行政機関の役割がいくつかの研究で指摘されています。

 密度依存理論が抱えるもう1つの問題は、それぞれの組織が、組織群における競争レベルに対して同等のインパクトを持っている、という点です。この理論においては、例えば、1つのベンチャー・キャピタルが新たに生まれれば、他のベンチャー・キャピタル全てに対して競争的プレッシャーを与えることが前提となっています。しかしながら、同じベンチャー・キャピタルであっても、ある会社はアーリー・ステージの起業家に、別の会社はメザニン・ステージの起業家を投資ターゲットにしているかもしれません。また、ある会社はIT産業が得意分野である一方で、別のベンチャー・キャピタルはバイオ産業に多くの資金を注入しているかもしれません。このように、同じ組織群にいても、2つの組織が本当に競争状態にあるのかが定かではないはずなのです。したがって、単純に組織群と競争的緊張状態の比例的関係を前提にするのではなく、より綿密な組織間の競争を理解する必要があります。

 この問題に対して生まれてきた理論が、マーケット・ニッチ理論と呼ばれる考えです。この理論によれば、ある組織とある組織が必要とする資源の重複性が高い時、2つの組織の競争的緊張、ライバル関係は高くなります。また、高い競争的緊張は、競争関係にある組織のパフォーマンスを低下させ、また、この緊張から逃れるために新しい市場への移行や現在の市場から退出を促すと考えられています。1人の異性を2人の人が好きになると、2人の間に緊張がはしり、そして、どちらかが泣き、新しい出会いを求めていく、という現象になぞって考えてみれば理解しやすいかもしれません。密度依存理論では無視されていた、獲得する資源の重複性に着目し、組織間の競争関係を説明したところにこの理論の新しさがあります。

 ホテル業の例にもう少し話を進めてみましょう。密度依存理論においては、いかなるホテルであろうとも、ホテルであるからには競争相手とみなす、という前提があり、1軒のホテルが立てば、それは全てのホテルにとって脅威である、と考えられていました。一方、マーケット・ニッチ理論においては、限られた資源を獲得するための競合関係が、組織間のライバル関係の前提となっているため、新しいビジネス・ホテルの出現は、他のビジネス・ホテルにとっては脅威ではあっても、他のシティ・ホテルにとっては少なくとも脅威になるとは考えません。競合関係は以下の数式を用いることによって、ある企業が直面する市場からの競争的緊張をオーバーラップ値という数値として計測することが可能です。産業・市場分析に役に立つ数値ですので、参考までに紹介します。

図

 この式におけるPとは、競争的関係を引き起こすと考えられる組織の特徴を表したパラメーターであり、iとjはそれぞれ任意のホテルiとホテルjを意味しています。この数値が小さいときには市場から受けるライバル受ける競争的プレッシャーが小さく、大きいほど市場における競合関係が高くなるといえます。例えば、つくば市には以下の5つのホテルがあると仮定しましょう。通常、ホテルは部屋数という点で似たような大きさのホテル、または、価格帯が似ているホテルと競合する傾向があるといわれているため、ここではパラメーターとしてサイズとシングル部屋の価格を使うことにします。

  部屋数 シングル部屋価格
ホテル・マウント・つくば 500部屋 15000円
竹園ホテル 100部屋 6000円
吾妻ホテル 80部屋 8000円
春日ホテル 120部屋 7000円
梅園ホテル 130部屋 9000円

 このデータに基づくと、ホテル・マウント・つくばが市場からうける競争的プレッシャーの大きさは次のように測定できます。

図

となり、サイズに関しては、竹園ホテルが受ける競争的プレッシャーが、ホテル・マウント・つくばが受けるものよりも385ポイント高く、また、プライスに関しても、5400ポイント高いことが分かります。したがって、マーケット・ニッチ理論の予測に基づけば、竹園ホテルの方が市場から受ける競争的プレッシャーの大きさが大きく、経営的に苦しいと予想され、さらに、今後、緊張緩和のために新しい市場開拓や新規市場への参入などのなんらかのアクションをとる可能性が高くなると考えられます。

 マーケット・ニッチ理論では、競争を組織群レベルから組織間レベルのものとしてとらえ、その結果、オーバーラップを考慮した場合には、密度依存理論の説明力がかなり落ちることが明らかになっています。つまり、密度依存理論には明らかな限界があり、その限界とは、組織間の競争については極めてシンプルなモデルしか想定していなかった、という点にあります。では、この理論的発展によって密度依存理論は死においやられたのでしょうか? 社会科学と自然科学の違いであるとも思うのですが、1つの理論が否定されてもなかなかその理論が死に至ることはなく、実際に、まだ脈々とこの理論の流れは続いています。

 最後に、密度依存理論の弱点を補う形で成長したマーケット・ニッチ理論ではありますが、やはり別の弱点を抱えています。例えば、産業組織論の研究者は、マーケット・ニッチ理論がいう、必要とする資源の重複性が高い時に2つの組織間での競合、ライバル関係が高くなる、という意見には疑問を呈してもいます。これは、このような組織間の関係は、むしろ両者間の利益の合致を意味しており、競合ではなく、むしろ価格操作や談合、共謀を引き起こすのではないかという理由からです。

 また、競争は1つの市場だけではなく複数の市場で発生しています。例えば、国際線航空会社は、北米路線という1つのマーケットのみで対峙しているのではなく、同時に欧州路線やアジア路線というその他のマーケットでも対峙しており、マーケット・ニッチ理論で考えられているよりも実際の競争構造は複雑なのではないかと考えられます。この多数のマーケットにおける企業の競争関係を同時に分析する試みが、多市場コンタクト理論であり、これを次回のコラムで紹介します。

参考文献

Baum, J. A. C. & Singh, J. V. 1994. Organizational Niches and the Dynamics of Organizational Founding. Organization Science, 5: 483-501.

Baum, J. A. C. 1995. The changing basis of competition in organizational populations: The Manhattan hotel industry, 1898-2990. Social Forces, 74: 177-204.

Geroski, P. A. 2001. Exploring the niche overlaps between organizational ecology and industrial economics. Industrial and Corporate Change, 10: 507-540.

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