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視聴率偏重主義が破壊する番組制作の常識(1/3 ページ)

» 2005年05月23日 11時48分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 ライブドアとフジテレビの騒動で、テレビ局の歪んだ産業構造が明らかになると思っていたら、なんとなくどこかに軟着陸してその後音沙汰なしということになってしまった。結果的には舞台裏を隠す暗幕の裾が風で少しめくれただけで、また元の状態に戻ってしまったわけである。

 筆者が最初に放送業界に入った年から数えると、もう22年になる。業界内で知り合った友人達も、各ポストプロダクションで部長になったり、自分で制作会社を興したりと、かなりいい顔になっているようだ。だがそんな彼らの口から語られるテレビ番組制作の実態もまた、現在のテレビ局のあり方が末期的な症状を示していることも少なくない。

 テレビ局の全貌を暴くことなど、筆者ごときには到底できないが、その末期的症状が少し垣間見える、ある一例をご紹介しよう。

番組の質と視聴率の微妙な関係

 某局で放送中のある番組は、じっくりと風景などを見せる、派手さはないが作りが綺麗な、いい番組である。放送期間も長く、おそらく名前を言えば、多くの人は見たことはなくても番組名は聞いたことがある、というような番組だ。もちろん地味な番組だから、視聴率はさほど良くはない。通常は2%台、まあ3%も取ればいいほうだ。

 さほど視聴率の良くない番組が、どうして長寿番組と成り得たのか。その秘密は、番組の「質」にある。番組自体が何かのブームにさらされるわけでもなく、時事ネタを扱うわけでもない。毒にも薬にも、という考え方を当てはめれば、ある人によっては薬にもなるが、誰にとっても毒にはならぬ、とういうタイプだ。人気も安定しており、番組イメージが非常に良質である。

 このような番組は、実はスポンサーになりたがる企業が後を絶たない。番組内の広告枠は決まっているため、常に数社の企業がその枠の順番待ちをしているほどである。こちらから営業しなくても広告がどんどん入ってくる番組を、みすみす潰すことはない。テレビ番組とはそういうものなのである。

 企業にとって、さほど視聴率を取らない番組のスポンサーになるメリットは何か。それは、会社のパンフレットや社員の名刺の裏に、「あの有名長寿番組のスポンサー」という一文が載せられるからである。

 番組イメージがステータスとなり、番組スポンサー料という広告費が、今度は別の次元で広告効果を生むのだ。考えてみれば非常に複雑な産業構造である。スポンサー料がいくらかは知らないが、普通は視聴率が低ければ広告費も安いので、費用対効果としてはかえって多くの視聴率を取らない方が、オイシイともいえる。

 テレビ番組としては、実に絶妙な収支バランスの元に成立しているといえるだろう。もちろんそのあたりは局のプロデューサーも心得たもので、ヘタにいじって今のバランスを壊すよりも、スタッフには自由に力を発揮して貰って現状のスタイルを続けたほうが得策、という腹だったろう。

 ところが局の人事異動によってプロデューサーが交代したところから、この番組の受難が始まった。まだ若いその新プロデューサーは、残念なことに視聴率を上げるという使命を忠実に実行するタイプだったのである。

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