コラム
» 2006年09月22日 11時00分 UPDATE

ネットベンチャー3.0【第9回】:mF247の丸山茂雄さんが考えた「焼きそば屋的Web2.0ビジネス」(下) (1/2)

佐々木俊尚氏が日本のベンチャーにおけるWeb2.0ビジネス最前線を描く連載企画。大手レコード会社の垂直統合モデルの揺らぎを感じていた丸山氏は、音楽ダウンロード無料の「mF247」で何を目指しているのだろうか。

[佐々木俊尚,ITmedia]

 レコード会社というのは、媒体だった。

 前回も書いたように、レコード会社はかつてレコードという黒い円盤の媒体を製造する工場を自社で所有し、レコード販売店とも直接契約していた。その間の物流も含めて、すべてひっくるめてレコード産業の上流から下流までを、レコード会社で面倒を見ていた。テレビ局と同じように、コンテナー(媒体)の上流から下流までを垂直統合で支配していたのである。

 ところが1990年代にはいると、その垂直統合モデルが少しずつ揺らぎ始める。最初のきっかけは、CD-ROMの登場だった。音楽CDと同じメディアがパソコンの記憶メディアとしても使われるようになり、徐々に市場が拡大し、音楽CDに匹敵するほどにCD-ROMの需要が大きくなった結果、CD-ROMの製造がさまざまなメーカーによって行われるようになり、レコード会社によるCDメディアの独占製造という図式が崩壊したのである。それまでのレコードでは外部の企業から外販を依頼されても、「5000枚以上でなければ製造は請け負わない」と突っぱねるなど殿様商売を行っていたのだが、その独占状態がなくなり、アマチュアのミュージシャンであっても小ロットで音楽CDをプレスすることが可能になってしまったのである。

早すぎた挑戦

 この垂直統合モデルが崩れたとき、レコード会社に残るビジネスモデルというのはいったい何なのか。「最終的に残るのは、ミュージシャンとの権利関係しかない」と丸山さんは考え、そしてソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)はかなり早い段階から、インターネットにおける二次使用権、つまり公衆送信権の権利をミュージシャンから得る契約を交わしていた。そうやって1999年に、他者に先駆けて「bitmusic」という新譜CDシングルタイトル曲の有料音楽配信をスタートさせたのである。

 だがこれは明らかに、時期尚早だった。なぜならこの当時は、ブロードバンドが普及していなかったからである。ようやくISDN(統合デジタル通信網)が普及し始めていた程度で、速度はわずか64kbps。この帯域では、1曲をダウンロードするのに数十分もかかってしまう。アルバム1枚を落とすためには一晩もかかる有様で、本格的な普及は望むべくもなかった。

 レコード業界からは「それ見たことか」とSMEを失笑する声が少なからず出た。丸山さんは当時のことを振り返り、「大ヒットする新人をひとり掘り当てることができれば、それで十分にお金は稼げてしまう。そういう一発的な発想がレコード業界には色濃くあるから、わざわざネットの音楽配信なんていう面倒なことには足を踏み入れなくてもいいだろう、というのが当時の雰囲気だった」と話す。1990年代末の当時、音楽配信の時代がすぐにもやってくるとは、誰もまじめに考えていなかったのである。

 そうこうしているうちに、丸山さんは60歳を迎えた。そのしばらく前、「年齢を重ねた先輩がたくさん社内にいると、それだけで空気が重苦しくなる」と社内規定を変え、役員にも60歳定年制を敷いていたから、その規定に従って彼も役員を退任した。「辞めた当時は将来展望がはっきりしていたわけじゃないんだけれど、自分のできる範囲でミュージシャンをひとりかふたり発掘し、彼らを売り出すことができればいいかなと漠然と考えていた」という。東京では知名度や投下する資金でSMEなどの大手には勝てないし、せっかく良いミュージシャンを発掘しても、元部下と取り合いになってしまうかもしれない。だったら沖縄あたりに行ってみて、そこで素敵なミュージシャンを発掘できればいいかも――そう考えて沖縄に渡った。

 1年近く沖縄と東京を行ったり来たりする生活を続けたが、しかし現地で見つけたミュージシャンを東京でデビューさせようと思っても、やはりハードルは途方もなく高かった。徒手空拳で挑戦しようと思っても、予算がなければテレビとのタイアップも取れない。必死で走り回って話をまとめ上げれば何とかなりそうな気もしたが、今さらそんなことに汗をかくのはどうにも嫌だった。

 沖縄の海を眺めながら、「どうすれば東京に攻め込めるんだろう」と考えあぐねる日々が続く。予算がなければ、素手で戦うしかない。「60歳を過ぎてるってのに、まるで20歳の若者のように徒手空拳で始めてしまうとはな」と自嘲気味に思いつつ、「またEPICのころのように、ライブハウスでスタートしてみようか」とも考えた。

6年後の再挑戦とWeb2.0の潮流

 そうやって悩んだあげくにたどり着いたのが、インターネットでインディーズの音楽を配信するmF247のビジネスモデルだったのである。2005年春のことだった。bitmusicを立ち上げたときからすでに6年が経ち、ブロードバンドはすっかり普及した。そしてiTunes Music Storeの大成功によって、インターネットを使った音楽配信もごく当たり前のプラットフォームになっていたからである。

 夏に新会社の設立を決め、ほぼ同時に『丸山茂雄の音楽予報』というタイトルのブログを書き始めた。8月3日のエントリーには、こうある。

そんな時に、在シリコンバレーの梅田望夫さんの論文を読みました。梅田さんの論文では、『インターネットの真の意味は、不特定多数の無限大の人々とのつながりを持つためのコストがほぼゼロになったということである。』となっています。

8月18日にmF247という音楽サイトを開設するという発表します。このサイトは、ダウンロード無料、DRMフリーが特徴です。(原文ママ。以下同)

 さらに10日後、8月13日のエントリーでは次のように続いている。

mF247は、私が自分の直感で組み立てたのですが、梅田さんの論文を読んで、影響を受けてどんどん修正を重ねています。梅田さんにはまだお会いした事はありませんが、このブログからお礼を申し上げます。

また、このところ急激に私のブログを読んでくれて、コメント、トラックバックを付けてくれる方が増えています。だんだん皆さんにあおられて、どんどん過激になりそうな自分が怖くなってきました。

白状しますが、私はおだてられるとどこまでも、舞い上がるタイプなのです。笑

       1|2 次のページへ

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

ピックアップコンテンツ

- PR -

マーケット解説

- PR -