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mF247の丸山茂雄さんが考えた「焼きそば屋的Web2.0ビジネス」(下)ネットベンチャー3.0【第9回】(2/2 ページ)

» 2006年09月22日 11時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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収益モデルの問題

 丸山さんは当時を振り返って話す。

 「ブログで書いたら梅田さんから連絡をいただき、そしてあの梅田さんが丸山に親切にアドバイスしているというので、多くの人たちが集まってきてくれて、『ああした方がいい』『こうした方がいい』と親切にアドバイスしてくれた。ブログのコメント欄に敵意のない親切な人たちのコメントがつき、それらを読むことで、技術についてはまったくわからなかった私にも、これからのインターネットの流れが直感的にわかるようになった」

 梅田さんの「不特定多数の無限大の人々とのつながりを持つためのコストがほぼゼロになった」という言葉が、丸山さんを著しくインスパイアしたのは間違いない。これまでの<ミュージシャン−レコード会社−リスナー>というモデルがインターネットによって崩れ、不特定多数のリスナーにダイレクトにつながるコストが劇的に低下した結果、レコード会社はその存在意味を失うか、少なくとも大きく変容させられるのは間違いない状況になってきた――そのことを丸山さんは、梅田さんの言葉から感じ取ったのである。

 当初はごく普通の配信モデルを考え、日銭も稼げるようなモデルを考えていたのだが、しかしこうしたWeb2.0の潮流にブログ経由で接しているうち、考え方は変わってきたという。「せこく稼ぐ仕組みを作っていたのを外したりして、さらにはカッコ良くないと思っていた部分も全部やめて、腹を決めた。友人の経営者がmF247に投資してくれることになって、彼は夢に賛同してくれているんだけど、その下の経営企画部なんかは投資のリターンをきちんと考えなければならないから、『もう少し収益モデルをきちんと考えてください』とさんざん言われた」

 収益モデルの問題は、いまも解決はしていない。mF247に曲をアップロードしたいミュージシャンが支払う1万2000円の審査料は、一定レベルのミュージシャンを確保するためのフィルタリング装置のようなもので、それで収益が上がるわけではない。楽曲はもちろん無料配信されており、バナー広告も排除されているから、どこにも売り上げの立つ部分がないのである。丸山さんは「収益をどう上げるかは、まだ見えてない。よくお金を出してくれているとは思うけどね……」と真顔で言うのである。

歩行者天国の焼きそば屋を狙う

 ではmF247は、どのようにして今後成り立っていこうとしているのだろうか?

 「代々木公園の歩行者天国で、バンドが演奏している風景があるでしょう? あれをネット上でやっているだけなんです。音楽を人に聴かせたい人たちがいて、それを聴きたいと思って集まってくる人たちがいる」。でもそこでは、収益は立ちにくい。

 「歩行者天国では実はバンドはまったく儲かっていなくて、儲かってるのは焼きそば屋とかホットドッグ屋。だから僕たちは聴く人からお金を取るつもりはないし、ミュージシャンから貰っている審査料も、そのうち撤廃するかもしれない。だから焼きそば屋とかで儲ける仕組みを作ればいいんだよね」

 つまりはある種のクリックアンドモルタルモデル、つまりミュージシャンの生成するコンテンツやサブコンテンツで収益を上げていこうというのである。mF247でユーザーから支持され、この場所を足がかりにして世の中に打って出ていくミュージシャンが今後、現れてくることが期待されている。そうしたミュージシャンはレコード会社や所属プロダクションが必要になるわけで、この部分を音楽業界の専門家がスタッフに集まっているmF247で担おうというのだ。

 「いまのようなタイアップだけで音楽が売れるという時代はやがて終わりになって、コンサートで聴くのが当たり前になり、再びモーツァルトの時代のようになるのではないか」と丸山さんは言う。コンサートを開いてそこでTシャツやCD、キャラクターグッズを売るようなビジネスが増えていく。そうなれば、そこでエージェンシーやプロダクション、媒体の機能を持つ組織は必要になる。それがmF247の未来像だというのである。

 しかしそうやって新たな音楽モデルを作れば、そのモデルは必ず権威化していく――それが過去の音楽業界がたどってきた道のりだった。仮にmF247が成功し、有名ミュージシャンを多数輩出するようになれば、mF247自体が権威化して巨大になってしまう危険性はないのだろうか?

 「まあ丸山がやってるから、そんなあこぎなことはしないだろうという安心感を持っていただければ」と丸山さんは言う。それに加えて、レーベルやレコード会社はmF247からどんどんスピンオフさせ、分社化していくというのが将来構想だ。「アメーバのようにどんどん増えていけばと思っている。そうすると全体のグループ中でmF247は、連邦政府のように外交と防衛だけを担うようになり、福祉や教育はそれぞれの州(グループ会社)でやっていただこうということになる」。ゆるい連邦政府構想である。

音楽を作る側・聴く側、変わりゆくスタイル

 丸山さんは、なぜ音楽の楽曲そのものではなく、ミュージシャンのサブコンテンツに目をつけ、そこを収益化しようと考えたのだろうか。

 彼がそういう思考に至った背景には、音楽を聴くスタイルと作るスタイルの双方の変化がある。1980年代にソニー・ウォークマンが流行して以来、音楽は「ながら視聴」が当たり前になった。iPodの出現でその傾向はさらに強まり、音楽はかつてのように床の間のステレオの前に正座して静聴するのではなく、まるで空気のようにその場所を支配し、自動車の中や歩いている途中、スポーツしている間などどんな場所、どんな時でもユビキタスに偏在するものになった。つまりはローコスト破壊のようなことが生じ、音楽がある種コモディティー化しているのである。

 作る側も、同じようなローコスト破壊が起きている。かつては1時間5万円もする録音スタジオを借りて録音していたのが、今や自宅録音(タクロク)が当たり前になり、パソコンで何でもできるようになった。録音スタジオの巨大なコックピットは不要になり、音楽を作るコストは著しく下がった。「必死で作ったものを、必死で聴く文化はなくなってきている」と丸山さんは言う。

 「そんな時代において、音楽をちゃんと聴こうと思ったら、ライブで聴くしかなっていく。ライブハウスでネットや雑誌を読んでいる人はいないからね。真剣に聴いて没入していなければ感動もできない、そういう場がライブ。だから感動したいと思っている人は、これからはライブに足を運ぶようになる」

 そこに、サブコンテンツで収益を上げられる可能性があると丸山さんは見ているのである。結局のところ、コモディティー化したローコスト破壊の部分からいかに脱却し、どう儲けていくのかというビジネスモデルを考えた末、彼はヘッドではなくロングテールの部分に、クリックアンドモルタルモデルを組み合わせた収益システムの創成へと行き着いたのだった。

(毎週金曜日に掲載します)

佐々木俊尚氏のプロフィール

1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。

著書:「徹底追及 個人情報流出事件」(秀和システム)、「ヒルズな人たち」(小学館)、「ライブドア資本論」(日本評論社)、「検索エンジン戦争」(アスペクト)、「ネット業界ハンドブック」(東洋経済新報社)、「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」(ソフトバンククリエイティブ)など。


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