労働問題に精通し、企業の体制改善に向けたコンサルティングなどを手掛ける“ブラック企業アナリスト”こと新田龍さんに、労働問題を巡るあれこれを聞く短期連載。前編となる今回は、2019年4月以降に施行される「働き方改革関連法」の弱点と、ビジネス界にもたらす影響などについて聞いた。
残業時間の上限規制、高度プロフェッショナル制度、同一労働同一賃金など、待遇や健康面の改善を重視した施策だが、従業員を酷使するブラック企業が悪用できる“抜け穴”はあるのだろうか――。
――働き方改革関連法の施行によって、企業では原則として月45時間・年360時間を超える残業はできなくなります。特別な事情がある場合でも、複数月の平均残業時間を80時間以内(休日労働を含む)に抑えねばならず、違反すると6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課されます。法制度の整備がかなり進んだ印象を受けますが、ブラック企業が付け入る隙はあるのでしょうか。
新田: 青天井の残業が可能だった制度が大きく変わるため、私も意義のある施策だと感じます。ただ、罰則のユルさは既存の労働基準法と変わっておらず、不安な面があることは確かです。
「懲役」「罰金」と聞くと、厳しい罰則のような印象を受けますが、従業員の心身に被害が及ぶ危険性があるのに、懲役期間や罰金の金額が甘いと思いませんか? ドイツなど欧米では、違法残業を繰り返した企業に約180万円の罰金が課されるなど、もっと厳しい規則を設けています。
日本企業にとっては、社員に残業代を支払い続けるよりも、罰金を払った方が安いのも事実であり、本当に抑止力として機能するのかと心配しています。「罰則を食らっても怖くない」などと考え、労働環境を改善しないブラック企業が出てきてもおかしくはありません。
また、診療を断れない「応召義務」のある医師や、人手不足の建設業や運送業は、残業規制の導入が5年間猶予されているので、“抜け穴”としてブラックな働き方が続く可能性は否定できません。
――日本では、企業の労働環境の不備が発覚しても、なかなか有罪にならないと聞いたことがあります。働き方改革関連法の施行後も、悪質な企業に「是正勧告」「指導」といった軽い処分しか下らず、罰金や懲役が課されない可能性もあるのではないでしょうか。
新田: はい。有罪になる企業が少ないのは、労働基準監督官の人手不足という課題に起因しています。16年度の時点で、労働基準監督署による監督指導の対象となる事業所の数は428万カ所、労働者数は5209万人ですが、それに対して監督官の数は3241人にとどまっています。
これでは、監督官が担当エリアの企業を全部回るだけで膨大な時間がかかります。抜き打ち検査を行うのは非効率なので、本当に悪質なケースは発見しづらいのではないでしょうか。
15年度に企業で発覚した法律違反は約9万件ですが、労働基準監督官が司法処分として検察庁に送検した件数は約1000件にすぎず、そこから起訴・有罪判決に至ったのは約400件しかないというデータもあります。
このような体制で、従業員に違法な残業を課している企業を見抜き、厳しく罰することができるのか疑問です。「どうせバレない」と考えて社員を残業させるブラック企業が出てくるかもしれません。
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