電子投票の現実――宮城県白石市

選挙での投票率の低下が顕著になって久しい。こうした投票率の低下に歯止めをかけ、よりスピーディーに民意を反映するための救世主として、総務省では電子投票の導入を推進している。しかし、現実はお寒い状況が見て取れる。

» 2007年12月18日 03時08分 公開
[樋口智美,ITmedia]

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 2007年7月29日に行われた参議院議員選挙では、度重なる大臣の不祥事、年金問題などの勃発から、自民党の大敗、民主党の大躍進という形で、投票率も2%ほど上昇したが、それでもまだ有権者の4割以上が選挙に行かないという現状である。

 国民の選挙離れの現状を打開するための方策として考えられているのが、「電子投票」の導入である。日本では2002年2月電磁記録投票法が、条例を定めた自治体で行われる地方選挙に限定して施行されたのをきっかけに、岡山県新見市、広島市長選、宮城県白石市など全国10の市で電子投票が行われるようになった。

 しかし、この電子投票のその後は決して芳しくない。2003年7月には岐阜県可児市での市議会選挙を電子投票で行った際に起こった機器トラブルが発生、最終的に裁判所が選挙無効の判決を下す大事態にまで発展した。また、コスト的な理由からいったんは導入していた市でも続々と電子投票条例の廃止を決定している。このような状況にかんがみ、どの市町村を見てもこの電子投票導入には消極的のようである。

 2003年に全国3例目として電子投票を導入し、2007年4月の市議会議員選挙での実施も含め、これまで3回の電子投票を行っている宮城県白石市の動向を、白石市選挙管理委員会事務局長の稲村直人氏に話を聞いた。

開票の迅速化と有権者の意思の反映が目的

 白石市では、川井貞一前市長の旗印のもと、当時の全国的なIT推進という流れに沿うように電子投票の導入を決定した。その狙いは「開票の迅速化」と「有権者の意思の反映」にあった。

 電子投票を進めるに当たっては、啓発活動を積極的に展開した。白石市選挙管理委員会では投票機のデモ機を13台市内の公民館に設置し、選挙までの期間に来館者が自由に投票体験ができるようにした。ここでは実に全有権者の35%が体験したという。特に高齢者層への浸透が課題と見て、市内の老人クラブなどへも働きかけを行った。こうして市内の自治会のうち9割にも上る94カ所での電子投票の啓発活動を行った。

 白石市で導入したのは東芝製のタッチパネル式電子投票機である。投票は、次のようなプロセスで行われる。

  1. 名簿対照
  2. 投票カード受領
  3. 投票機操作……投票機に投票カードを挿入
  4. 候補者選択……画面に表示される候補者名をタッチパネルで選択
  5. 候補者確認……選択した候補者名が表示される。間違いなければ「投票」を選択。誤りがあれば「訂正」を選択肢、(4)の操作に戻る。
  6. 投票終了

 これらのプロセスのうち、投票機を操作するのは(3)〜(5)であり、最短で2回タッチパネルに触れるだけで投票は完了となる。このように実に簡単な操作であるが、それゆえに、投票をした有権者からは「本当に簡単で楽だ」という意見と、「ちょっと不安だ」という意見とに評価が二分されるという。やはり、高齢者で機械操作が不得手な層からは、「本当にこれで投票ができているのか」という不安の声が多く聞こえるという。

全体的におよび腰、ベンダー側も

 電子投票の普及が遅れている原因として、コスト面の負担が大きすぎることが挙げられている。白石市の場合、投票機のメーカーである東芝側が市の財政状況に見合った台数を納品するなどの配慮を行っていることなどから、現状では極端な財政負担のない状況で進められているという。

 ただ、全国的な動向を見ると、福井県鯖江市、岡山県新見市、広島市安芸区ではすでにこのコスト面での負担を理由として、電子投票条例の廃止を決めるなど、全体的におよび腰の地方自治体が多い。

 一方、メーカー側が電子投票機の開発、販売におよび腰になっているという状況もあるという。例えば神奈川県海老名市と福島県大玉村の2つの地方自治体ではNTTの電子投票機を導入していたが、この2地域以外での導入が見込まれないことなどのコスト的な負担が大きすぎることを理由に、NTT側の方で撤退を決めたという事例もある。

 投票機の大量生産が進めば機器の単価も下がり、導入する地方自治体が増えることは大いに考えられる。しかし、「選挙でそれほど早く結果を出さなくてもよいのでは」という理由から導入を先送りにしている地方自治体が多いため、メーカー側も大量生産に踏み込めないという事情もあるようだ。

国政選挙での導入が本丸

 電子投票の導入が全国的に進まない状況である一方で、2006年12月、自民党選挙制度調査会(鳩山邦夫会長)では電子投票の国政選挙での導入について、2008年1月から環境の整った地方自治体から段階的に行う方針をまとめている。

 稲村氏も、「電子投票の導入が全国的に推進されるとすれば、その一番のきっかけは国政選挙」と指摘する。電子投票を導入することで、投票用紙の配布間違えなどのリスクが回避できるほか、開票作業の効率化も図ることができる。電子投票のメリットは、衆議院選、参議院選、国民審査などの国政選挙でこそ大きく生かされるというわけである。

ネット投票の導入は進むのか

 総務省が掲げている電子投票の終着点としては、国民が自宅からインターネットを介して投票を行うというものである。しかし、インターネット投票については、セキュリティ上の問題が懸念されている。

 また、2003年に杏林大学社会科学部の岩崎研究会(岩崎正洋助教授)が、白石市の電子投票に際し行った808名に行ったアンケート調査によると、投票したい場所として、自宅(35.7%)よりも「現在の投票所」(49.8%)が好まれていることが分かっている。このようなアンケート結果を受け、白石市でも、当面はスタンドアロン方式での電子投票を継続する方針であるという。

 稲村氏は、「電子投票は投票の簡便化、開票作業の迅速化にはつながるが、投票率を飛躍的に向上させるものではない。やはりどのような候補者が立つかということ、そして有権者が『この人に当選してもらいたい』という気持ちをどれだけ強く持つかということがなければ、投票率の向上は望めない」と指摘していた。

 今後インフラが整備され、インターネットからの投票ができるようになったとしても、国民の意識が選挙に向かなければ、何も意味を成さない。これはインターネット投票を模索する以前の問題ではないだろうか。

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