「クラウドにおけるユーザーの自由」とは何かNext Wave

先ごろネットワンシステムズが、SaaS、PaaS事業者10数社と共同で発表した「クラウド・ビジネス・アライアンス」は、クラウドサービスとユーザーの関係をあらためて考えさせるものだった。

» 2009年09月11日 16時10分 公開
[大西高弘,ITmedia]

雲をつなぎ合わせクラウド本来の価値を

 ネットワークインテグレーション事業を展開するネットワンシステムズ(以下、ネットワン)が、SaaS、PaaS事業者10数社と共同で、クラウドサービスの連携に必要な技術やビジネスモデルを検証する「クラウド・ビジネス・アライアンス(CBA)」を11月上旬に設立すると発表した。(ニュース記事参照

 ネットワンはこのアライアンスの運営事務局を担当し、開発・実証実験の環境やエンジニアリソースなどを提供する。その上運営のための資金提供も請け負うということなので、一見、SaaS、PaaS事業を支えるIaaS(Infrastructure as a Service)事業者として、ネットワン主催のクラウド連合作りが目的かと思われそうだが、そうではないようだ。

 会見でも、ネットワン関係者からIaaS事業者として、通信事業者系のIDCにも積極的に参加を呼びかけたいという発言があったし、また、構想としては、都市部でIDCを構築している事業者、地方で同様の設備を持つ事業者などの参加が実現すれば、利用者は、双方のIDCと契約して災害など不測の事態に強いIT基盤を構築できる、というアピールもあった。要するに、雲と雲をまとめて、1つの大きな雲にしようというのではなく、雲と雲をうまくつなぎ合わせる仕組みを作ろうというものなのである。今後の進展によっては、大きな雲にしてしまおう、ということになるのかもしれないが、今回の会見内容から察すると「つなぎ合わせ」ということになるらしい。

 つなぎ合わせ、というと、いかにも不安定な印象を受けるかもしれないが、今後クラウドを活用しようというユーザーにとって大きな意味を持つ。

 例えば、これまで営業系の業績管理にSaaSを活用していて、そこで蓄積された情報を社内システムの中にある、パッケージ購入した人事システムあるいは会計システムと連携させていた企業があったとする。その連携にはミドルウェアを仲立ちさせてうまく利用していた。ところが、システム関連コストを圧縮するために人事や会計のシステムもSaaSで提供されているものに鞍替えすることにした。その場合、新しく起こる問題は、すべてSaaSとして活用することになった営業系と会計・人事系各システムの連携がうまくいくのか、ということだ。この場合、異なるSaaS同士の連携の問題なのだが、この連携はとりもなおさず、SaaSとPaaS、PaaSとIaaSの連携が鍵となる。

 営業系のSaaSで蓄積されている情報には、顧客データや営業スタッフの情報が当然含まれている。Aという営業系SaaSとBという会計系SaaSを連動させるということは、例えば、個別に独自のコードを振った顧客データを共有する必要が出てくる。AとBが同じプラットフォーム上、つまり同じPaaSを利用している場合は分かりやすいが、それぞれが異なるPaaSを利用している場合は、うまく接続し、膨大な顧客データを共有できるか、あるいは売り上げ数値などの更新データを素早く同期できるかなどをユーザーの個々の環境で検証する必要がある。

 ユーザーは多くの場合、SaaSの部分だけを意識して運用している。Aという営業系SaaSを利用しているユーザーは、Aで入力した情報がBという会計系SaaSにうまく反映されるかどうかで製品の評価を決めることがほとんどだ。

 CBAでは設立目的を「異なるクラウドサービスを自由に組み合わせることのできる共通APIの評価検証・実装・公開と、実際のビジネスへと展開されるクラウドサービスモデルの検討」としている。さきほどの例でいうと、AというSaaSはB、あるいは別のCというPaaSとの接続連携が公開された共通APIによって実装され、有効性も実証されているということになる。するとユーザーはこれまでAというSaaSを利用する場合、ほぼ自動的に、限定されたAというPaaSを利用せざるをえなかったのが、BやCという別のPaaSを利用する選択肢を得る。選択の幅が広がることが、すぐにユーザーの自由度を大きくすることにはつながらないかもしれない。しかし、CBAが目指すサービスの中身、クラウドの形は中堅規模以下のユーザー企業にとっては、「わが社の事情に合ったIT活用ができるかもしれない」という期待感を抱かせてくれるものではないだろうか。

サービスのレイヤーと対象領域

価格、内容ともにサービスメニュー広げる

 現実には、SaaS事業者などが、接続するPaaSごとに価格を決めてユーザーにメニューとして提供することになるのだろうが、「自社でシステムを持つより安くなるのはいいが、業務システムとしての高い安定性を保証してもらいたい」、あるいは「利用料を抑えたいので、もっとシンプルなセキュリティやデータリカバリーの設定で利用したい」といったユーザーそれぞれの事情に合ったサービスが出てくる可能性が高い。そして同様のことが、インフラ部分を担うIaaSについてもいえるわけだ。

「ユーザーに分かりやすいクラウドサービスを」と語る澤田脩会長

 会見でネットワンの澤田脩会長は、「野放図にサービスの種類を増やすのではなく、本当にユーザーが求めているサービスは何かを見極めていくことになるだろう。SaaS事業者、PaaS事業者、IaaS事業者がそれぞれにユーザーが求めていることをくみ取り、分かりやすい仕組みを作り上げることが大切だ」という趣旨の発言をしていたのが印象的だった。別の取材で聞いたセールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長の次のような発言を思い出したからだ。「1泊80万円のホテルの部屋を使いたい人と1カ月5万円の家賃でいいという人、双方にそれぞれ納得できるサービスメニューを用意できるかが、これからのITサービス事業者の課題だ」

 今後の展開次第だが、CBAには業務用パッケージソフトを開発販売してきて、最近になって「SaaS事業に進出」という企業、あるいはサーバプラットフォーム事業なども合わせて進めている企業、そしてネットワーク構築ビジネスやデータセンター事業に強みを持ち、クラウドビジネスを素早く展開したい企業など、さまざまなスタイルを持った会社が参加する可能性がある。国内大手ITベンダーが独自に進める巨大クラウドと比較した時、この集団が「第三極」としての存在になりうるのかが注目されるところだ。これに対して会見では「企業規模としてはかなわないが、ユーザーに提供できる技術水準では遜色はない。あとは知名度だけ」という趣旨の発言があった。「1泊80万円から1カ月5万円の家賃まで」の例えではないが、どんな要望に対しても稼働検証済みのサービスメニューが用意されるとするなら、中堅および中小企業のユーザーはまさしくクラウドの価値を実感できる仕組みとして受け入れることになるだろう。

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