GoogleやIBMの未来を方向付けた「顧客視点の事業定義」朝のカフェで鍛える 実戦的マーケティング力(1)(1/3 ページ)

マーケティング戦略を考える際には、まず自社の事業を理解することが出発点だ。その場合、製品中心ではなく、常に顧客志向で考えること。しかし、これがなかなか難しいのだ。「自分は現場でセールス経験が長いし、顧客志向が身についている」 と思っている久美の場合はどうだろうか?

» 2009年09月29日 08時00分 公開
[永井孝尚,ITmedia]

 他社と同じことを競い合いナンバーワンを狙っていた時代は終わりました。他社との違いを追求してオンリーワンを目指すようになった現代ほど、マーケティング戦略が求められる時代はありません。

 一方で、分かりやすい法人向けマーケティングの本を求めるニーズは高いものの、それに応える本は世の中にはほとんど存在しませんでした。そこで、こうしたニーズにお応えするために、「朝のカフェで鍛える 実戦的マーケティング力」という本を本日上梓しました。

 筆者は、日本アイ・ビー・エムで長年マーケティングマネジャーを担当してきました。この本は、マーケティングの実際の仕事を実践的に理解できるように、筆者が業務を通じて学んだことを基に、マーケティング理論に合わせて物語仕立てで整理したものです。これから全4回の連載で、この本から幾つかの章をご紹介していきます。

本連載では、「朝のカフェで鍛える 実戦的マーケティング力」の一部を加筆・修正し、許可を得て掲載しています

登場人物

宮前久美:主人公。33歳。中堅会計ソフト会社A社に新卒で入社し、セールスを10年経験した後、希望の商品企画部に異動。職位は主任

与田誠:主人公の叔父。55歳。大手企業マーケティング部長を経て大学院でマーケティングを教えている


プロローグ

 中堅会計ソフト会社に入社後、10年間現場でセールスを経験した久美は、今年4月から念願の商品企画部に異動した。営業部では中堅社員として若手の指導もしていた久美だったが、初めて出席した商品企画部の会議では、交わされる言葉がほとんど理解できなかった。忙しい上司の商品企画部長にはなかなか初歩的なことが聞けない。そんな中、マーケティングに長年携わってきた叔父に交渉し、朝のカフェでマーケティングの仕事についてコーチングを受けることになった。

最初の宿題

 朝七時前の品川駅はまだそれほど混雑していない。改札を出て久美はオフィスビルの二階にあるカフェに向かう。こんな時間に出勤するのは初めてだ。まだ4月初旬で、この時間帯は少し肌寒い。しかし、ピンと張り詰めた朝の空気は新鮮で気持ちよい。

 開店間もないカフェには、まだ誰も客がいない。コーヒーを注文し、席に座ると、間もなく誠が来た。コーヒーを注文し、席に座る。カフェの窓からは、満開の桜が見える。

久美 今日からよろしくお願いします

 こちらこそ、よろしく。ところで機密保持契約書にはサインしておいたよ。最初に渡しておくね。

 誠はカバンから書類を出して久美に手渡す。久美は両手で書類を受け取った。

久美 ありがとうございます。ここまでお気を遣っていただいて。

 こういうことをキッチリやるのは、ビジネスではお互いに大切なことだからね。ところで、一週間前にお願いした宿題、考えてきた?

久美 「A社の事業とは何か、考えなさい」という宿題ですよね。

 そうそう。どうかな?

久美 一週間いろいろと考えたんですけど。ウチの会社の事業は、いかにお客様のお役に立てる会計ソフトを開発してご提供するか、という会計ソフト開発会社だと思います。

 なるほど、ね。でも、最初から厳しい言い方になるけど、これだと30点だね。

久美 え? でも、ウチは会計ソフトを開発して販売している会社ですし、それは事業そのものじゃないんですか?

 確かに久美ちゃんの会社は会計ソフトを開発している会社だ。でもね、だから「ウチの事業は会計ソフトの開発だ」という考え方は、必ずしも正しくないんだよ。

米国で鉄道会社が衰退した理由

久美 ウチの事業は会計ソフトの開発じゃない? うーん、何だろう。

 考え込む久美に、誠はなぞかけをする。

 久美ちゃん、アメリカに旅行したことある?

 いきなりの質問に、久美は不意を突かれる。

久美 アメリカですか? 友達と何回か遊びにいったことがありますけど。

 アメリカ内で移動する時は、どうやった?

久美 バスを使ったり、現地の友達の車に乗ったり、遠くに行く場合は飛行機を使いました。

 鉄道は使った?

久美 そういえば、アメリカで鉄道ってあまり見ませんね。

 昔、アメリカでは鉄道は主な輸送手段だったんだ。でも衰退しちゃったんだよね。なんでだと思う?

久美 車やバス、飛行機にお客さんを奪われたからですか?

 そう見えるけど、実際には違うんだ。鉄道会社自身の考え方に問題があったんだ。自分のお客さんが車やバス、飛行機を使うようになっても、「ウチは鉄道会社だから関係ない」と考えたからなんだ。

久美 それって不思議ですね。自分のお客さんが鉄道を使わずにバスを使うようになったりすると、普通、気になりません?

 そうはならなかったんだよね。自社の事業を、「輸送事業」ではなく「鉄道事業」と考えていたので、顧客が車やトラック、航空会社へ流れても気にしなかったんだ。

久美 なるほど、バスや飛行機を使うようになった人達は、自分の顧客じゃないと考えたんですね。

 そう。自社の事業を製品中心に考えていた。「自社の事業は輸送事業」というように顧客中心で考えていれば、真剣に何らかの対応を考えたはずだ。そして、事業を変革して、今のように衰退はしなかったはずだ。

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