顧客第一主義の自社が価格の高いライバルに負ける理由朝のカフェで鍛える 実践的マーケティング力(2)(2/3 ページ)

» 2009年10月03日 00時00分 公開
[永井孝尚,ITmedia]

リアクティブな対応とポジティブな対応

 数日後、久美はスズキ建設で会計を担当している大野課長と会った。久美がスズキ建設を担当していた頃からの付き合いだ。

久美 大野課長、お久しぶりです。三カ月前に異動のごあいさつに伺って以来ですね。

大野 そうですね。宮前さん、新しい職場には慣れましたか?

久美 なかなか慣れません。勉強中です。

 しばらく雑談した後、本題に入る。

大野 ところで、今日のお話は、先日の案件のことですね。

久美 はい。単刀直入にお伺いしますけど、弊社はなぜX社さんに負けたんですか?

 大野課長は、久美をまっすぐに見ながら答える。率直に事実を伝えようとしている顔だ。

大野 確かに御社は当社の要望に全部応えてくれました。無理な値引きにも応じて下さって、とても感謝しています。逆に、X社さんはウチの言うことはなかなか聞かないし、しかも高いんですよね。

久美 弊社は御社の要望をすべて満たしている。弊社の方が安い。一方でX社さんは御社の言う通りしない。しかも高い。それで、なんでX社さんにお決めになったんでしょう?

 大野課長は一息入れて続ける。

大野 それは簡単な話です。X社さんの提案が、A社さんよりもよかったんですよ。

久美 恐れ入りますが、もう少し詳しくお教えいただけますでしょうか?

大野 X社さんは、ウチがまったく見過ごしていた問題点を指摘してきて、その解決策を提案してきたんです。

 大野課長はお茶を一口すすって、続ける。

大野 X社さんはまず、ウチの会計担当者の要望を徹底的に聞き取り調査して、ウチの会社で必要な会計の要件をユーザー目線で分析して、わたし達が今まで気が付かなかった使い勝手の改善案をまとめてくれました。そして、X社さんの商品を最適にカスタマイズして提案してくれたんですよ。わたし達の期待をはるかに上回る提案でした。会計業務のコストを削減する現実的な変革案も一緒に提案してくれました。価格はやや高めでも、まったく問題はありませんでした。

 久美はまったく予想していなかった話を聞かされる。大野課長は淡々と続ける。

大野 御社はわたし達からお願いしたことは確実に対応していただいています。でも、それだけなんですよね。

 大野課長は、ちょっと間を置いてから続ける。

大野 宮前さんは率直な答えを期待されていると思いますので、失礼な言い方になるかもしれませんが申し上げます。御社は、ある意味、リアクティブに対応するだけで、ポジティブな提案がありません。X社さんは、逆にリアクティブな対応はしません。でも、わたし達にとってとても価値があるポジティブな提案をしてくれます。そのポジティブな提案が、わたし達の期待をはるかに上回る価値があった、ということです。

 久美は、高い顧客満足を獲得すれば、ビジネスの問題はすべて解決すると思っていた。そして顧客満足を高めるためには顧客の言う通りにすることだ、と信じていた。

 実際、A社の社長は創業以来、「ウチは顧客第一主義。お客さんの言葉は至上命令だ。お客さんの言うことには必ず対応しろ」って言ってきた。

 顧客第一主義を唱える企業は多いが、A社ではそれが企業文化になっている。例えば、A社で一番元気がある営業部の山田部長も顧客第一主義が身に染みついていて、部下に対して、「お客さんの前でノーと言ったら、オレはお前をシメ殺す」と物騒なことをいつも言っている。A社では、「これはお客さんの要望です」と言うと、ほとんどの場合、話が通る。

 一方で、X社は決して顧客の言う通りにはしない。しかし、どこよりも真摯(しんし)に顧客のことを理解しようと努めている。そして顧客の期待をはるかに上回る価値を提供している。

 顧客の言う通りにならないX社の方が、業界でどこよりも顧客第一主義を徹底しているはずの自社よりも顧客の評価が高い理由、そしてX社の収益が高い理由。それが今、分かった。

 スズキ建設からの帰り道。

久美 X社さんって、すごい。これでは負けるのは当たり前だ……。

 久美は悟った。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ