2011年、震災後のクラウドを振り返るクラウド ビフォア・アフター

日本は東日本大震災という困難に直面したが、絆を強め希望と未来のある社会を創造していこうという機運も生まれた。社会全体でクラウド化を進め新しいイノベーションに力を振り向けることで、新生日本を創ろう。

» 2011年12月27日 12時56分 公開
[林雅之,ITmedia]

 2011年は東日本大震災の影響により、事業者の相互連携、社会サービスとしての期待、そして融合産業創出やエコシステムの形成など、クラウドへの評価と期待が高まった1年となった。震災とクラウドについて、この1年を振り返る。

震災後に変化したクラウドへの評価

 震災の影響により、企業におけるリスク管理やBCP(事業継続)に関する企業意識が高まり、クラウドに対する需要は増加傾向にある。節電や停電に対する施策としてクラウドを利用したいというニーズもあり、ICT投資と節電対策の両方の側面から企業のクラウドへの評価は高まっている。ICT投資の抑制傾向がある中、国内クラウド市場の成長を加速させる要因になると見込まれる。

 BCPや電力供給不足への対応のため、企業が自社のデータを地方に分散させる動きもある。2011年11月15日にはさくらインターネットが北海道石狩市の石狩データセンターを開所するなど、データの蓄積を首都圏一極集中から地方に分散させるためにも、郊外型データセンター開設の動きが広がりつつある。

緊急時におけるクラウド活用

 震災直後、被災地の自治体など公的機関のWebサイトに全国からアクセスが集中してつながりにくくなり、被害状況や避難所の情報収集ができないという障害が生じた。しかし、クラウド事業者各社がクラウドによるミラーサイトの構築やクラウドの無償提供を行い、アクセス集中の緩和と円滑な情報提供を支援したことで、行政サービスの一部を維持したり継続することができた。

 政府においても、文部科学省の全国放射線測定データページや農林水産省被災者受け入れ情報システムなどを短期間にクラウドで構築するなど、緊急時における効果を発揮した。

 災害時発生時には、政府や自治体が迅速にクラウドを導入し、アクセスの集中を緩和させつつ行政機能を早期に回復してサービスを提供する環境整備が必要となる。そのためには、自治体のWebサイトに大量のアクセスがあって行政機関がクラウドのミラーサイトを許諾する場合、情報の範囲や場所などのルールをあらかじめ決めておくことや、自治体間でコンピュータリソースを融通しあうなどの環境整備も重要となる。

公共サービスのクラウド化の契機に

 先の大震災では、津波による被害で多くの公共施設が破壊されたため住民生活にかかわる多くの基本データが失われ、本人性の確認や被災者の安否、所在の確認が困難となった。

 宮城県南三陸町の役場は、建物が全壊して庁舎全体が津波により水没。住民関連データを格納したサーバが流され、電子化された戸籍の原本データが消失した。その結果、生活を支える行政手続が困難になるという事態が生じ、紙台帳のデジタル化やデータの安全な保管など、災害時の業務継続や行政機能を早期に回復するための行政情報システムの見直しの必要性が浮き彫りとなった。

 東日本大震災復興対策本部は2011年7月29日、「東日本大震災からの復興の基本方針」を公表し、次世代の発展につながるよう地方公共団体をはじめとした幅広い分野へのクラウドサービスの導入推進など、ICT(情報通信技術)の利活用促進を行うことを明記している。

 自治体クラウドや医療クラウド、そして、教育クラウドや農業クラウドなど、公共分野におけるクラウド利用を促進することにより、クラウド全体への信頼性向上につながり、地方からクラウド活用の機運を高めることにもなるだろう。

クラウドを活用した事業者連携の動き

2011年はクラウド事業者の連携が一気に加速した年となった。10月1日、東北SaaS連合会と復興支援クラウドフォーラムが統合して新たに「東北SaaS・クラウド震災復興支援フォーラム」を設置し、クラウドなどを活用した継続的で自立した東北の産業振興支援を進めている。

 また、日本経団連を中心としたクラウド事業者などが参画する民間団体「ジャパン・クラウド・コンソーシアム(JCC)」(総務省、経済産業省がオブザーバーとして参画)は、医療、教育、農業など、産官学の連携による公共分野のクラウドを活用した震災復興を視野に入れた活動を進めている。

 2011年11月1日に発足し共通プラットフォームとなるサムライクラウドの構築を目指す「ニッポンクラウドワーキンググループ」、200社を超える国内最大規模のクラウド関連の会員企業が参加する「クラウドビジネスアライアンス」、そして、オープンソースを用いるクラウド技術の研究・情報交換を行うコミュニティの「オープンクラウドキャンパス」を主催するクラウド利用促進機構など、クラウドを核とした事業者連携の動きが加速している。

スマートシティ×クラウドと融合産業の創出

 今回の震災を契機に、スマートシティ(次世代環境配慮型都市)に対する意識も大きく変わってきた。これまでは、電力の効率的供給や新たな産業創出など、経済成長を支えるモデルとして期待をされていたが、震災後は新しい街づくりなど社会的視点の比重が高まっている。

 スマートシティの構築に当たっては、標準化された都市インフラの共通基盤となる「都市オペレーティングシステム(OS)」の整備が重要となる。都市OS上で地域の特性に応じたさまざまなソフトやサービスが提供され、自治体や民間企業、そして住民がこれらを共同利用して街の機能の全体最適化を進めることが、住民の利便性向上や街全体の産業、経済発展につながる。

 この都市OSに必要な情報基盤がクラウドである。スマートシティが本格的に普及することになれば、スマートハウス、スマートビルや電気自動車(EV)、将来的にはガス会社や水道局などありとあらゆるものがインターネットにつながり、都市空間には膨大なデータが蓄積される。膨大なデータを分析処理することで、サービス提供者はユーザーのニーズにあわせてさまざまなサービスを開発・提供できるようになり、「エネルギー×クラウド」「自動車×クラウド」「住宅×クラウド」といった、クラウドが仲介した融合産業の創出が期待される。利用者にとってもデータ活用による利便性が向上し、生活意識の変化や行動様式が変わる可能性がある。

 被災地においても、スマートシティの実現に向けて具体的な取り組みが始まった。政府の内閣官房地域活性化統合本部は2011年12月22日、「環境未来都市構想」の対象地域として、計11地域の選定を発表した。被災地では以下の6地域が選定されている。

  • 岩手県大船渡市、陸前高田市、住田町、一般社団法人東日本未来都市研究会
  • 岩手県釜石市
  • 宮城県岩沼市
  • 宮城県東松島市
  • 福島県南相馬市
  • 福島市新地町

 被災地の復興に向けた街づくりが本格的に進む中で、スマートシティとクラウドとの連携、そして融合産業創出の視点が重要となる。

クラウドの活用と社会経済のエコシステムの形成

 社会全体でのクラウド化が進めば、コンピュータリソースの共有による省エネルギーの実現、社会システム全体の高度化や信頼性の向上、重複投資の回避などの効率化にもつながる。クラウドに膨大な情報や知識を求めて、企業や政府や自治体、利用者やサービス事業者などが関与することで、クラウドのエコシステム、ひいては社会経済のエコシステムを形成できるようになるだろう。

 クラウドの活用による効率化で生まれた余力や、膨大な情報と知識の利活用により、新しいイノベーションに力を振り向けられるようになる。企業・個人では到底蓄積や処理のできない情報や知識をクラウドを通じて利活用することで、新たな付加価値を創造し、企業活動や国民生活両面にわたって知識経済革命を生み出せる時代となった。そしてこの流れは、これまでのような中央集権型の社会から自律分散協調型のオープンな社会への転換期となる。

 現在の社会システムは、政府や自治体や企業など、社会を構成する主体が縦割りとなっており、横軸の情報連携がうまく進んでいない。それぞれが生み出した膨大な情報や資源が共有できていないために、非効率を生み出し社会コストの増加につながっている。

 限りのある資源を最大限に有効に活用するためには、横軸連携の取り組み、特にICTやクラウドの利活用が遅れている行政・教育・医療・農業などの公共サービスを連携させ活用することで、効率化と利便性向上と社会経済のエコシステムを形成していくことが重要となるだろう。

 2011年は、東日本大震災という困難に直面したが、「絆」を強め希望と未来のある社会を創造していこうという機運も生まれた。今後クラウドは社会のインフラやサービスを支える基盤の1つとして重要な役割を担っていくことになるだろう。

著者プロフィール:林雅之(はやしまさゆき)

 林雅之

国際大学GLOCOM客員研究員(ICT企業勤務)

ITmediaオルタナティブ・ブログ『ビジネス2.0』の視点

2007年より主に政府のクラウドコンピューティング関連のプロジェクトや情報通信政策の調査分析や中小企業のクラウド案件など担当。2011年6月よりクラウドサービスの開発企画を担当。

国際大学GLOCOM客員研究員(2011年6月〜)。クラウド社会システム論や情報通信政策全般を研究

一般社団法人クラウド利用促進機構(CUPA) 総合アドバイザー(2011年7月〜)。

著書『「クラウド・ビジネス」入門


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