ホンダの“IT嫌い女子“が情シスの仕事に目覚めた理由(前編)情シス“ニュータイプ“の時代

2014年、米ラスベガス――。本田技研の情シス 多田歩美さんは、各国から集まった聴衆を前に英語で導入事例の講演をしていた。入社当時、「IT嫌い」を公言し、3年で情シス部門から出て行くと息巻いていた彼女に一体何が起こったのか。

» 2015年09月30日 08時00分 公開
[やつづかえりITmedia]

連載:情シス“ニュータイプ“の時代

「情シス」と聞くと、「上から降ってきた“むちゃ振り”を粛々とこなす人」「安定した社内環境を維持するための縁の下の力持ち」といった、受け身で地味なイメージがついて回ります。しかし、本来、ITで会社を支える情報システム部門はスーパースター的な存在であり、米トップ企業の情報システム部門は「攻める」「改革する」という旗印のもと活躍しています。

 日本にもっと、“攻める情シス”を――。そんな思いから生まれたのが、新たなアプローチで企業を変えようとしている「情シス“ニュータイプ“」に話を聞く本連載です。攻めに転じたきっかけ、それにまつわる失敗、成功につなげるための取り組み、業務現場との接点の持ち方などのストーリーが情シスの方々の参考になれば幸いです。


Photo 本田技研工業のIT本部 システム基盤部でインフラ技術ブロックのチーフを務める多田歩美さん

 2014年11月の米ラスベガス――。本田技研工業(以下、ホンダ)のIT本部に勤める多田歩美さんは、各国から集まった聴衆を前に英語で講演していた。Amazon Web Servicesが主催するカンファレンス「AWS re:Invent」で、自社のAmazon Web Services(以下、AWS)の活用事例を発表したのだ。

 今でこそ、ホンダ社内初、国内でもほとんど例がなかった「エンジニアリング領域におけるクラウド導入」の中心的役割を担っている多田さんだが、入社したばかりの新人時代は「IT嫌い」で通っていたという。最初に配属された情報システム部門では「3年でここを出て行く」と公言していた筋金入りだ。

 そんな多田さんが、ホンダの研究開発を裏方として支えることにやりがいを見いだし、情シスの仕事に情熱をそそぐようになったきっかけは何だったのか――。その道のりを追った。

「3年で出て行く」宣言を撤回した理由

 「ASIMOのようなロボットを開発したい」――。早稲田大学理工学部を卒業した多田さんは、そんな夢を抱いてホンダに入社した。しかし、最初に配属されたのは研究所の社内IT部門。希望と異なる配属に納得できず、マネジャーに詰め寄った。

 「ちょうどその頃、身内の不幸に直面して……。精神的に不安定になっていたこともあって、『なぜ、ここに配属されたのか教えてください!』と、マネジャーに不満をぶつけてしまったんです」(多田さん)

 すると当時のマネジャーは、多田さんのどこがIT部門に向いているかを話し始めたという。「私のいろいろな面を理解した上で、1つひとつ理由を挙げながら『なぜ、情シスに向いているのか』を説明してくれたのです。例えば、私はけっこう我慢強い性格なのですが、『ストレス耐性の高さがインフラの担当者に向いている』とか。私の個性を理解した上で育てようとしてくれたのが、とてもうれしかったんですね。100パーセント納得したわけではなかったのですが、『まずはここで頑張ろう』と思えたのです」(同)

 それでもITを好きになれず、「いずれこの部署を出て行こう」と思っていた多田さんは、外に出てからも役に立ちそうな技術の勉強を始めることにした。ITの一番基礎の部分を学ぼうと考え、自ら希望してインフラチームのメンバーになったのだ。社内システムのヘルプデスクに入ってくるユーザーの声を拾い上げ、システムの改善に生かすという仕事に力を入れた。

 そして、この仕事で多田さんは変わった。

 「ITが分からない私だからこそ、業務現場のユーザーさんの気持ちが分かる――。そう思って、業務現場と情報システム部分をつなぐ役割を担うようになりました。ユーザーの困りごとが分かれば、それを理由にシステムの管理者にいろいろ質問することができる。とても勉強になりました」

 当時、多田さんが担当していたシステムは、「基礎技術研究センター」「航空エンジンR&Dセンター」と「四輪R&Dセンターのデザイン部門」というホンダの中でも特殊な3事業所のシステムだった。

 開発者とデザイナーとでは、要求の内容も、“より上手く伝えるためのコミュニケーションの方法”も異なり、「苦労が多かった」と多田さんは振り返る。しかし、分野が異なる複数の部門と深く関わることで気がついたことがあった。

 情報システム部門は、より広く社内を見渡すことができ、ホンダ全体を支える存在になれることが分かったのだ。そのときから多田さんは、「ホンダが目指す夢の実現」を担う部門の人たちを、“情報インフラという面で支えている”という意識を持つようになったという。

研究開発を支える「裏方仕事」に開眼

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 多田さんが迷いながら仕事をしていた当時、よく相談に乗ってくれた先輩からは「裏方仕事が合っている」と言われたそうだ。

 「私は自分のことを“表舞台に立ちたいタイプ”だと思っていたので、納得できませんでした。でも、先輩が『多田さんは人のことをよく見て、きちんとサポートしている』と言ってくれて、それを聞いているうちに、自分でも『そうなのかな』と思うようになりました」

 そんな多田さんに大きな転機が訪れたのは、入社4年目でCAEシステムのチームに異動したときだった。CAEは「Computer Aided Engineering」の略。コンピュータを使って性能のシミュレーションをすることで製品の開発を支援する仕事を任された。多田さんはCAEシステムのユーザーである研究者たちとやりとりするうちに、自分の仕事に大きなやりがいを感じるようになった。

 「私がやりたかった研究開発を、“この仕事を通して支えられる”と思いました。裏方ではありますが、自分もプロフェッショナルとして関わっているという気持ちになれたんです。そのことに喜びを感じている自分に気づいた瞬間にハッとして、『先輩が言ってたことって、こういうことなのかな』と思いました」

 研究開発をシステム面で支えるという役割を見いだし、すっかりハマったという多田さんは、やがてシミュレーションシステム用のクラウドサーバ導入にまい進していくことになる。


 後編では、クラウド導入の経緯や、多田さんが多くを得ることになる社外コミュニティーの活動との出会いについて紹介する。

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