もし自分が急死したら…… 会社における「デジタル遺品」対策ハギーのデジタル道しるべ(1/2 ページ)

故人のPCやデータといった「デジタル遺品」は生前での対応を誤ると、周囲に迷惑が及ぶ。それはプライベートだけではなく、実は仕事や職場でも同様だ。2つの例から注意点を解説する。

» 2016年07月22日 08時00分 公開
[萩原栄幸ITmedia]
仕事にまつわるモノがいきなり「デジタル遺品」となる場合も(写真はイメージです)

 筆者は昨年、「『デジタル遺品』が危ない:そのパソコン遺して逝けますか?」(ポプラ新書刊)を出版した。本業の情報セキュリティからやや離れて、ボランティアで行ってきた「終活カウンセラー」の一貫として故人のデジタル情報の危険性などについて警告したものだが、今年だけでこのデジタル遺品の解説のためのテレビなど出演が10本を超えてしまった。その影響もあり、実にさまざまな意見や相談をいただくようになった。

 デジタル遺品について筆者は、ほとんどが個人的なものであり企業や団体は全く関係がないと思っていた。しかし、相談の3割は企業の人事担当、法務部、コンプライアンス部、総務部という職場からだった。そこで今回は、企業や団体というビジネス視点からデジタル遺品を解説してみたい。

例1:急死した部長だけが知るパスワード

 中堅の設計事務所に勤務するA部長が交通事故で急死した。A部長はあるコンペに参加するために設計図の作成を急いでおり、そのプロジェクトのマネージャーでもあった。若い頃から腕の良さと感性の高さを感じられる設計が評価され、社内でも一目を置かれる存在だった。

 設計図はほとんど完成していたが、極めて重要なものであり、A部長は個人的に某ファイル管理ツールでセキュリティ対策を講じ、当然ながら複雑なパスワードを設定して管理していた。ところが、A部長の急死で周囲の設計図面を探したものの、どうしてもパスワードが分からない。結局会社はコンペに参加できず、多大な損害を被ってしまった。A部長に対する表面的な非難はなかったが、評価は失墜してしまった。

 A部長は、わざと他人にパスワードを伝えなかったのではなく、逆に会社の資産を守るために教えなかった。しかも、ファイル管理ツールのマスターキーすら誰にも教えなかったのである。この状況ではA部長が一方的に悪いのだろうか。このような「他人は信用せず、リスクを承知して責任者の自分だけが管理する」というケースは日本人にはなじまないが、諸外国では意外に多い。

 「デジタル遺品」という観点では推奨されない行為だが、逆に他人へパスワードを教えていた場合、その他人が悪用してライバル企業に情報を売り渡すこともあり得る。そうなると、A部長の評価は真逆になるかもしれない。

 このような場合におけるポイントは、まず本人が生前から「技術者(例では設計士)である前にサラリーマンである」という自覚を持つべきだ。

 時折、技術者魂の正義感から「全ての自分が責任を負う」という人がいる。一見格好がいいと思ってしまうが、組織人のサラリーマンとしては明らかに失格であり、単に自己満足しているに過ぎない。

 この例でも、部長とはいえサラリーマンである。その事実を認識して、常に「責任は上司以上が持つ」という原則に徹する。そうしなければ普段は会社が黙認していても、万一の場合は「トカゲのしっぽ切り」の目に遭う。自分だけが責任を取らされて、「はい、おしまい」になるという事態を想像しないといけない。

 A部長は、急死するような事態で自分自身に非が及ぶことのないように、パスワードを他人に伝えておくなど、生前から戦略的な行動を必ずしておくべきだった。例え、それで情報が漏えいしても、自分の行動が就業規則に従ったものなら、正々堂々と自分に非がないことを主張できる。この例では既に亡くなって主張できないが、生前のメールや作業報告書などにその記載があれば、A部長が非難されることはなかった(表面的に糾弾されることはなかったが、大きなペナルティになってしまった)。

 デジタル遺品に関しては、生前務めていた企業の「価値ある資産」についても常々注意をすべきである。

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