人的組織の成熟度に合ったITSS導入とは(前編)特別企画:ITSSの現状を探る(1)(2/2 ページ)

» 2005年09月10日 12時00分 公開
[井上 実,@IT]
前のページへ 1|2       

ITSSをどのように導入すべきなのか?

(1)ITSS導入における企業間格差

 ゼネラリスト育成からプロフェショナル育成へ、一部の範囲における緩やかな職能制度から職務制度へという変革をもたらすITSSを日本の企業はどのように導入していけばよいのだろうか?

 2005年5月に@IT情報マネジメントに「ITSSを経営に100%生かすポイントとは」という題目で筆者は寄稿した。その中で、現在多くの企業で行われているITSSスキル診断による人財棚卸し中心のITSS導入は、棚卸しした後にどのようにして人財を育成するのかをよく考えていないことが多く、IT技術者の自己啓発を促す効果をもたらすだけであり、その結果として技術者全員をワンランクアップできたとしても、経営に大きな効果をもたらすものではないことを指摘した。

 そして、企業の経営戦略に合った人財を育成するためにITSSを活用することができなければ、経営に効果のあるITSS導入を実現したとはいえず、これを実現するためには、経営戦略に合致した人財開発戦略を立案することが必要であること、また、人財開発戦略を効率的に立案するために、スキルモデルとしてITSSを辞書として活用することが、ITSSを経営に生かすポイントであることを論述した。

 しかし、人財開発戦略立案コンサルティングを顧客にお勧めする中で、「いっていることはよく分かるが、わが社は職種をはっきりと決めていないので」といわれることが多くあった。確かに、職能制度の中で「営業職」「事務職」「技術職」などの大ざっぱな職種を決めてあったとしても、ITSSのようなレベルで職種を決めていない企業は多い。そのような企業に、ITSSを活用した人財ポートフォリオの作成、強化人財の明確化、人財開発戦略・施策の立案を行う人財開発戦略作りを提案しても、受け入れられないのは当然である。

 このような企業の場合には、まず、ITSSを辞書として活用し自社に合ったスキルフレームワーク作り、職種・レベルの定義をIT関連部門に対して行ったうえで、職種・レベル間をつないだキャリアパスを定義し、キャリアアップを実現する仕組み作りを行うことが先決である。

 そして、キャリアパスの定義、実践する仕組み作りのできた企業が、次に突き当たるのが、「このキャリアパスで人財を育成することで、経営戦略の実践に有効な人財を育成できるのだろうか?」、「中期経営計画を達成するためには、どのようなスキルを持った人財をいつまでに何人育成する必要があるのだろうか?」という疑問であり課題である。これを解決するためには経営戦略・事業戦略と整合性の取れた人財開発戦略を立案することが必要になる。

 このように、ITSSを活用した人財開発にも企業によりレベル差がある。これは何に起因しているものなのであろうか?人財開発にも経営や情報システム開発プロセスのように企業の成熟度というものがあるのではないだろうか?

(2)企業の人や組織に成熟度モデルを適用した「People CMM」

 人財開発そのものに関する成熟度モデルではないが、ソフトウェア開発プロセスの成熟度モデルで開発されたCMM(Capability Maturity Model)を、企業の人的組織に適用したモデルがCMMを開発したカーネギーメロン大学SEI(Software Engineering Institute)のBill Curtis、William E. Hefley、Sally A. Miller らによってPeople CMMとして開発されている。CMMの5段階の成熟度モデル(レベル1:初期段階、レベル2:反復可能段階、レベル3:定義されている段階、レベル4:予測可能な段階、管理されている段階、レベル5:最適化段階)を企業内の人や組織に注目して適用したものである。

 CMMは米国国防省の要請でソフトウェアCMMを開発して以来、さまざまな分野に適用され、People CMM以外にも、取得プロセスに関するSA-CMM(Software Acquisition CMM)、システムエンジニアリングプロセスに関するSE-CMM(System Engineering CMM)、製品開発プロセスに関するIPD-CMM(Integrated Product Development CMM)などが開発されている。

 People CMMは現在、日本ではあまり知られていないが、ITコーディネータの新しいプロセスガイドラインに基づくCBK(Common Body of Knowledge)の経営戦略フェイズのリファレンスの1つとして取り上げられており、今後、日本においても注目される可能性が高いと思われる。

 次回は、People CMMの概要を理解したうえで、成熟度に合ったITSS導入とはどうあるべきかを検討してみることにする。

参考文献
  • 「ITスキル標準V1.1」経済産業省/2003年7月
  • 「The People Capability Maturity Model」Bill Curtis、William E. Hefley、Sally A. Miller著/2001年/Addison-Wesley(邦訳版:「人を生かし組織を成長させる能力成熟度モデル People CMM」前田卓雄訳/2003年12月/日刊工業新聞社)
  • 「部門戦略と人材育成への展開」清水信著/2005年5月/IPAX2005講演
  • ITSSを経営に100%生かすポイントとは」井上実著/2005年5月/@IT情報マネジメント

この記事に対するご意見をお寄せください managemail@atmarkit.co.jp


筆者プロフィール

井上 実(いのうえ みのる)

横浜市立大学文理学部理科卒。

多摩大学大学院経営情報学研究科修士課程修了。

グローバルナレッジネットワーク株式会社勤務。

▼専門分野など

ITSSを活用した人財開発戦略立案やキャリアパス構築に関するコンサルティングを担当。中小企業診断士、システムアナリスト、ITコーディネータ。

第4回清水晶記念マーケティング論文賞入賞。平成10年度中小企業経営診断シンポジウム中小企業診断協会賞受賞。

▼著書

「システムアナリスト合格対策(共著)」(経林書房)

「システムアナリスト過去問題&分析(共著)」(経林書房)

「情報処理技術者用語辞典(共著)」(日経BP社)

「ITソリューション 〜戦略的情報化に向けて〜(共著)」(同友館)


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ