人的組織の成熟度に合ったITSS導入とは(後編)特別企画:ITSSの現状を探る(2)(2/2 ページ)

» 2005年09月17日 12時00分 公開
[井上 実,@IT]
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人的組織の成熟度に合わせたITSS導入

 ITプロフェショナルの人財育成を目的として、日本企業においてPeople CMMのレベル2およびレベル3を目指したITSS導入方法を、筆者がITSS導入コンサルティングに中で使用している方法論を見ることで理解していただきたいと思う。

(1)レベル2を目指したITSS導入

 レベル1の段階の企業がレベル2に上がるためには、キャリアパスを構築する必要がある。ITSSを活用したキャリアパス構築方法は、図7に示す通り、「準備」「現状分析」「キャリアパスの立案」「キャリアパス構築方法の立案」の4つフェイズを経て、キャリアパスを構築する。

(図7)キャリアパス構築プロセス概要

 「準備」フェイズでは、通常のプロジェクト編成と同様に、プロジェクト体制を構築した後に、文書レベルの事前調査、スケジューリングを行い、キックオフミーティングによってプロジェクトの本スタートとなる。

 「現状分析」フェイズでは、現在だけではなく将来の事業の方向性を理解したうえで、求められる職種・スキルをヒヤリングにより情報を収集し、ITSSをスキルモデルとして、整理をしていく。また、キャリアパス構築の阻害要因をあきらかにし原因追求を行ったうえで解決の方向性を探る。

 「キャリアパスの立案」フェイズでは、求められる職種・スキルから、ITSSを参考にスキルフレームワークを策定した後、詳細な職種・レベルの定義を行い、職種間をつなぐキャリアパスを定義する。

 「キャリアパス構築方法の立案」フェイズでは、キャリアアップを実現するための教育面におけるロードマップ(研修ロードマップ)と、実務面におけるロードマップ(実務ロードマップ)を作成する。また、キャリアパスの実践を促進するために、次のフェイズで行うべき事項の洗い出しを行いキャリアパス構築を終了する。

(2)レベル3を目指したITSS導入

 レベル2の企業がレベル3を目指すためには、事業戦略に一致した人財開発戦略を立案する必要がある。ITSSを活用した人財開発戦略立案方法は図8で示した通りであり、キャリアパス構築と同様に4つフェイズを経て立案される。

(図8)人財開発戦略の立案方法概要

 一見、キャリアパス構築と同じに見えるかもしれないが、キャリアパス構築がIT部門全体の職種・レベルを定義しキャリアパスを構築しているのに対し、人財開発戦略では事業戦略との一致した人財ポートフォリオ(いつまでにどのような職種・レベルの人財を何人必要とするのかを示したもの)を実現するための強化人財作り、スキルシフトを中心に検討が進められる点が大きく異なっている。

 フェイズごとの詳細な説明は、「ITSSを経営に100%生かすポイントとは」(2005年5月)に記述してあるので、ご参照いただければと思う。

リンク
ITSSを経営に100%生かすポイントとは(@IT情報マネジメント > ITスタッフ)

(3)成熟度に合わせたITSS導入事例

 ITSSを活用してレベル2をクリアし、レベル3に目指している事例として、松下グループの情報システム部門におけるITSS導入を挙げることができる。2005年5月20日のIPAX 2005(主催:情報処理推進機構)における松下電器産業 情報企画グループ 清水信氏の講演から、筆者はこれを知ることができた。

 松下グループの情報システム部門は、2003年時点では、「求められる人材像が不明確で、人材育成施策が十分機能していない」状況であり、これを解決するためにITSSのスキルフレームワークをベースとしたキャリアフレームワーク策定し、これを中心に具体的な施策を推進することにした。

 キャリアフレームワークは、7つの人材類型(マーケティング&セールス、コンサルタント、ビジネスイノベーター、プロジェクトマネジャ、ITアーキテクト、システム監査人、ITビジネスアドミニストレーター)、7つのレベル(レベル1から7)、3つの育成ステップ(適性の見極め、専門性の追求、専門性の幅の追求)を基盤に作成されている。

 そして、キャリアフレームワークをベースとしたキャリアパス実践を促進するために、上司との面談を中心としたキャリア開発ステップの仕組み作り、研修ロードマップ作成、専門力認定制度やコミュニティの構築が行われた。この段階で、当該企業はレベル2をクリアしたといえる。

 そして、すぐに、「人材戦略は? 3〜5年後もこのまま? 人材ポートフォリオは?(各類型をいつまでに何人確保し育成するの、なぜ?)」というレベル3を意識した課題が出てきたという。そこで、「ビジネス戦略側面からアプローチすべきと気が付いた」ことから、IPAベストプラクティスワークショップへ参加し、「競争優位確立に向けたコア人材像の明確化」「コア人材へのパワーシフト、コア人材のスキルアップ」「新たな人材戦略における再教育と評価体系確立」を目指した人材戦略作りを行い、その実現に取り組んでいる。まさにレベル3を目指した取り組みが実践されているといえる。

 なお、詳しくはIPAのサイトに講演資料が公開されているので、ご参照いただければと思う。

まとめ

 ITSSの導入は、スキル診断ツールを購入し現状の人財棚卸しを行い、全員ワンランクアップのための自己啓発を促すためのものではない。

 ITSS導入はITプロフェショナルという限られたエリアであるが、いままで日本企業が明確にしてこなかった職務内容とそれに必要とされる知識・スキルを明確にして、経営戦略に合致した人財育成を行うという大きな意義がある。

 これを実現するためには、People CMMで表されるような人的組織の成熟度に合ったITSS導入が行われる必要がある。すでに、松下グループのようにレベル2をクリアし、レベル3に挑戦している日本企業も出てきている。多くの企業がこれに続き、成熟度に合ったITSS導入が行われ、企業競争力の向上に貢献するように、今後もコンサルティングの場で支援をしていきたい。

参考文献
  • 「ITスキル標準V1.1」経済産業省/2003年7月
  • 「The People Capability Maturity Model」Bill Curtis、William E. Hefley、Sally A. Miller著/2001年/Addison-Wesley(邦訳版:「人を生かし組織を成長させる能力成熟度モデル People CMM」前田卓雄訳/2003年12月/日刊工業新聞社)
  • 「部門戦略と人材育成への展開」清水信著/2005年5月/IPAX2005講演
  • ITSSを経営に100%生かすポイントとは」井上実著/2005年5月/@IT情報マネジメント

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筆者プロフィール

井上 実(いのうえ みのる)

横浜市立大学文理学部理科卒。

多摩大学大学院経営情報学研究科修士課程修了。

グローバルナレッジネットワーク株式会社勤務。

▼専門分野など

ITSSを活用した人財開発戦略立案やキャリアパス構築に関するコンサルティングを担当。中小企業診断士、システムアナリスト、ITコーディネータ。

第4回清水晶記念マーケティング論文賞入賞。平成10年度中小企業経営診断シンポジウム中小企業診断協会賞受賞。

▼著書

「システムアナリスト合格対策(共著)」(経林書房)

「システムアナリスト過去問題&分析(共著)」(経林書房)

「情報処理技術者用語辞典(共著)」(日経BP社)

「ITソリューション 〜戦略的情報化に向けて〜(共著)」(同友館)


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