グランドデザインの設計なくして仮想化の成功はない特集:仮想化構築・運用のポイントを探る(3)(2/2 ページ)

» 2010年07月20日 12時00分 公開
[内野宏信,@IT情報マネジメント編集部]
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段階的に仮想化環境を構築する

 アステラス製薬が仮想化導入を検討した最初のきっかけは、保守できなくなったサーバに入っていたWindows NTなど古いOSを新しいハードウェアに移行することだった。まずはステップ段階として、マイクロソフトの仮想化ソフトウェア「Virtual Server 2005 R2」を用いて、2006年ごろから小型サーバをホストとして、1台のホストに1台のゲストOSで仮想化環境を構築した。Virtual Server 2005 R2を採用した理由は、性能の低いサーバの代替であるため、ゲストOSが1CPUしか使用できなくても良いという事情があったからである。

 小規模な仮想化環境の構築が成功すると、次は増加した物理サーバを仮想化技術によって集約することを念頭に、本番環境の一歩手前であるステージング環境での仮想化環境の構築を検討することとなった。

 同社では当時、本番環境サーバは自社のデータセンターに設置していたが、ステージング環境のサーバは運用の外注先に置いていた。これを自社に移設するに当たり、スペース上の問題からもサーバ集約が不可欠だったほか、セキュリティアップデートの適用検証などで、より多くの検証サーバが必要になった。

 そうした要請を受けて、ステージング環境を、仮想化技術を利用して再構築した。約1年間このステージング環境を運用、検証する中で、「いずれは本番環境の仮想化も実現したい」と中長期的に考えていたが、折りしも、東京都の環境確保条例によって使用エネルギーの削減が喫緊の課題になったのと、マイクロソフトの仮想化ソフトウェア「Hyper-V」が発表されたことで、本番環境の仮想化に踏み切ることとなった。本番環境サーバにはパフォーマンスが求められるため、「ゲストサーバに1CPUしか割り当てられないVirtual Server 2005 R2では適用範囲に限界がある」と考えていた点も、Hyper-Vによる本番環境の仮想化を後押しした。

 本番環境への移行に向けてプロジェクトチームを結成し、2008年8月?9月に仮想化製品の比較検討を開始した。具体的には、ヴイエムウェアの仮想化ソフトウェア「VMware ESX Server」と、当時提供が始まったばかりのマイクロソフトの仮想化ソフトウェア「Hyper-V」について、導入コストや運用要件、冗長構成、パフォーマンスなどさまざまな視点から評価、分析した。同社にとって機能的には双方にほとんど差異はなかったが、コスト面ではHyper-Vの方が優位だったため、10月?11月に小規模なテスト環境で検証を行い、12月に社内の意思決定会議においてHyper-Vの導入を最終決定した。

 年が明けて2009年早々には、要件定義や概要設計、利用者のガイドライン作成などを行うとともに、仮想サーバの構築を進め、スケジュール通り4月中旬から本番環境での稼働をスタートさせた。

ALT アステラス製薬 コーポレートIT部 インフラグループ 課長の塩谷昭宏氏

 具体的なシステム構成としては、ブレードサーバを最大16台搭載できるヒューレット・パッカードのブレードサーバ収容きょう体(エンクロージャ)「HP BladeSystem c7000」を3基用意し、それぞれにブレードサーバ「HP ProLiant BL460c」をフル搭載することで、計48個の物理サーバを構築。Hyper-Vによって各ブレードサーバに5台の仮想サーバを稼動(フェイルオーバーの際には7?8台のサーバを稼働)させることで、合計240台の仮想マシンをホストできるキャパシティを持たせるようにした。

 当初は様子を見ながら段階的に仮想サーバを増やし、2年間かけて240台に増やす計画だった。しかし、運用でとりわけ問題は発生しなかったうえに、順調に構築作業が進んだため、2010年7月にはほぼ完遂したという。多くの企業では仮想システムのパフォーマンス低下が深刻な問題になっているが、「アステラス製薬では、仮想システムの運用においてパフォーマンスに関する問題はほとんど見られない」と塩谷氏は言い切る。

 大きなトラブルもなく、スケジュールをはるかに上回るスピードで仮想システムを構築できた要因について、竹沢氏は事前準備の重要性を強調する。

 「一気に240台もの仮想サーバ環境を構築しようとしても、決してうまくいかなかったはずだ。数年前からスモールスタートで運用、検証を繰り返したことが功を奏した」(竹沢氏)

 例えば、本番環境では、各ブレードサーバに5台の仮想サーバが稼働しており、仮に物理サーバが故障しても負荷を分散させたうえで別のサーバに自動的に移行するというフェイルオーバー型のクラスタとして冗長構成した。これは、テスト環境では実施しなかった新しい取り組みだったが、「数年にわたる仮想化の取り組みの中でメンバーのスキルが少しずつ蓄積していたおかげで、特に混乱はなかった」と竹沢氏は振り返る。

ALT アステラス製薬の仮想化環境のシステム構成図

標準化を重視

 仮想化システムのグランドデザインを描くうえで、同社が重視したのが「標準化」である。今回のプロジェクトにおいては、仮想システムのガイドラインや利用方針書をあらかじめ策定し、外部の協力ベンダや社内のアプリケーション担当者に提供して、構築、運用の標準化を押し進めた。

 従来から同社にはサーバの標準構成に関するドキュメントが存在しており、ハードウェアの選定基準やWindowsサーバの設定条件などが明記されていたため、標準化に対してある程度の統制はとれていた。この点も仮想化をスムーズに展開できた要因であろう。

 「システムの標準化や(プロジェクトをスタートする前の)グランドデザインの設計は、以前から企業文化として根付いており、今回の仮想化プロジェクトのために新たに始めた取り組みではない」(塩谷氏)

新技術でさらにサーバ集約度を高める

 同社の仮想化戦略に対する今後の展望について、次期標準仮想サーバ環境において仮想化ソフトウェアの最新バージョン「Hyper-V 2.0」の検証をスタートさせたことを明らかにした。今のところ監視やバックアップに関するソフトウェアが出そろっていないが、ソフトウェアの充実とともに、年内にはHyper-V 2.0による仮想システムを構築したいと塩谷氏は話す。具体的には、Hyper-V 2.0による高速化のメリットを生かし、現在ブレードサーバに搭載されている5台の仮想サーバの集約度をさらに高めたいとしている。

 また、仮想化が進むことで、将来的には自営のデータセンターにあるサーバを外部に移管することも可能になると言及した。現在、同社は自社のオフィスビルにデータセンターを設けているが、その規模から経済産業省が「エネルギー使用の合理化に関する法律(省エネ法)」で定める第二種エネルギー管理指定工場に指定されており、通常の事業者以上にエネルギー使用効率の改善が義務付けられている。実際、オフィスビルの総電力量の約6割がデータセンターで消費されているため、サーバの外部移管はコストや法対応の問題を解消する1つの方法だと期待する。

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