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» 2010年12月07日 12時00分 UPDATE

情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(22):コスト削減にも収益向上にも、王道はない

個性的で高品質なカスタマサービスで世界的に有名なザッポス。だが、一見“型破り”に思える各種施策も、実は意外なほど“経営の基本に忠実”なスタンスから生まれていた。

[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

ザッポス伝説――アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか

ALT ・著=トニー・シェイ/監訳=本荘 修二
・発行=ダイヤモンド社
・2010年12月
・ISBN-10:447801373X
・ISBN-13:978-4478013731
・1600円+税
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 クラウド時代になると、ユーザー企業が“サービス”を入手しやすくなる分、ベンダやSIerは一層厳しく選別されるようになると言われている。そうした中でも選び続けてもらうためには、技術力はもちろん、信頼性やブランドロイヤリティといった心理的要素も含めた“企業としての総合力”の勝負となってくる。その点、“マーケティングの真髄”とも言うべき内容が収められた本書「ザッポス伝説」は、ベンダ、SIerのマーケティング担当者や、顧客企業に出向くSEにとっても大いに参考なるのではないだろうか。

 ご存じの方も多いだろうが、ザッポスは独自のカスタマサービスによって顧客の心を強力につかみ、創業10年で実に年商10億ドルを達成した世界的に有名なオンライン小売企業である。2009年11月に評価額12億ドルでアマゾン・ドットコムに買収されるまで、Eコマース市場でアマゾンを震撼させ続けてきた企業としても知られている。本書はそうしたザッポスのCEO、トニー・シェイ氏がその活動を振り返り、顧客応対に対して企業以上にシビアな目を持つ一般消費者の心をどのようにしてつかんできたのか、その活動の経緯とエッセンスをまとめた作品なのである。

 中でも目を引くのは、「クチコミを重視したカスタマサービスによるブランディング」戦略の中身である。例えば、一般的なEコマースのWebサイトでは、業務効率化のために「問い合わせ窓口」として電子メールアドレスかメールフォームしか掲載していない例が多い中、同社のWebサイトでは「どのページでも1番上に電話番号を掲げて」いる。これは電子メール、チャットなどコンタクト手段が増えた中でも、電話が「ブランディングに最適なツールの1つ」と考えているためだという。

 また、多くの企業がコールセンターにおける電話対応1件当たりの「平均処理時間」の短縮化を追求している中、同社ではオペレータの通話時間を記録していない。売り上げを伸ばすよう、オペレータにアップセルのためのトークを要求することもなければ、顧客対応のマニュアルすら用意していない。これは「オペレータ各自が自分本来のパーソナリティを発揮して」「最善の判断をしてくれる」と考えているほか、はなから「応対業務で生じる利益を最大にしよう」とは考えておらず、「顧客ひとりひとりと生涯続く関係を築く」ことを電話応対の最大の目的としているためだ。

 すなわち、すべての取り組みが、「クチコミを重視したカスタマ・サービスによるブランディングが大切」という「認識」から生まれており、そうした認識に基づいた全社員の行動こそが、同社の“ブランド”を形成し、安定的な収益獲得を支えてきた、と解説するのだ。

 本書では「ブランド」というものを次のように説明している――「広告が伝えられることには限界がある」し、単にお金を掛けるだけではブランドは構築できない。「ブランドを構築するための最善の方法とは」、「一言で言えば企業文化」だ。自社が提供できるバリューを見極め、それに基づいた「企業文化がきちんと設定できていれば、素晴らしいカスタマ・サービスも、長期にわたる素晴らしいブランド構築も」自然に始まっていく。「私たちは、会社の文化と会社のブランドは本質的に一枚のコインの表と裏だと信じている」――これはすなわち、「会社のコア・バリュー」が明確化され、それが共通認識として全社員に浸透したときに自然と立ち上ってくる“企業文化の発露”こそが「ブランド」だ、ということなのだろう。

 そこで同社の場合、ブランドの土台となる企業文化を醸成するために、「カルチャーブック」を制作してきたという。全社員に「ザッポス・カルチャーのあなたにとっての意味は?」という質問を投げ掛け、その回答を「そのまま本に収めて」配ったのだ。現在では取引先、ビジネスパートナー、顧客にも投稿を求め、米国内ではあれば誰にでも本を配布することで企業文化を強化しているという。応対時間を計らないコールセンターから、このカルチャーブックまで、同社の取り組みは一見、型破りにも思えるのだが、その実、すべての取り組みは経営のセオリー通り、「企業文化」を基に合理的に導き出されたものだったのである。

 だが、本書から得られる“気付き”は「企業文化を大切にする」という基本の重要性だけではない。例えばこのカルチャーブックについて、「なるほど」と納得する半面、「カルチャーブックもタダでは作れまい。この不況のさなかに、その制作、配布に掛かるコストは問題にならないのか?」と、反射的に考える人も少なくないはずだ。そうした人に向けて、本書は収益を向上させるもう1つの大きなヒントを投げ掛けている。紹介しておこう。

 「企業文化があるなら、企業文化に投資することです。会社によっては、(企業文化を)長期的に考えることはまったく非合理的かもしれません」「しかし、あなたが持続可能なブランドを築き、カスタマー・ロイヤルティを生み出そうとしているのなら、コスト削減が的外れとなることがあります」「クチコミが生んだ利益は、最初は目に見えません。しかし、時間が経つにつれて」「その投資は何倍にもなって戻ってきてくれるでしょう」――

 本書はカルチャーブックについて、「短期的に見れば費用、長期的に見れば投資」と解説する。長期的視点で見るべきものと、短期的視点で見るべきものをきちんと分けて考える――ブランド戦略以前に、実はこれがザッポスが成功した最大の理由の1つと言えるのではないのだろうか。そして長期的視点が必要なのはブランド戦略に限った話でもないだろう。自社のコア事業の展開や、ビジネスを支えるITインフラ、顧客企業への提案内容など、何でも“短期的視点で考えてしまう癖”が付いてしまってはいないだろうか。あらゆる面で意外なほど“基本に忠実”なザッポスの在り方に、自身のビジネスを見る目が偏っていないか、あらためてチェックしてみてはいかがだろう。


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