電子書籍時代、印刷業は提案力とデータ管理が命IT担当者のための業務知識講座(6)(2/2 ページ)

» 2011年05月12日 12時00分 公開
[杉浦司,@IT]
前のページへ 1|2       

印刷業務はデータマネジメントと環境対策がキモ

 では引き続き、印刷業の業務内容を見ていきましょう。その業務は営業、制作、工務、製版、印刷、製本、配送と、大きく7つに分けることができます。なお、印刷紙器業では「制作」が「設計」に、「製本」が「切り」や「折り貼り」といった加工工程に変わります。ここでは印刷業に焦点を絞って解説します。

■営業

前のページで述べたように、印刷営業はもはや「印刷というサービス」を売るだけの仕事ではなく、顧客のニーズに合わせてソリューションを提案するコンサルティング営業に変わってきています。例えば、中には企業のブランディング用広告など、色の厳格な再現が必要な印刷案件があります。こうした場合、調色インクの技術・知識など、印刷営業士の資格を持った営業スタッフでなければ正確に対応できないこともあります。特に新規案件では、知識に基づいて正確にコスト・納期を見積もることができなければ、原価超過や納期遅れ、品質不良といったトラブルを招きかねません。この点で、高度な印刷案件については、慎重かつきめ細かな顧客対応が必須となるのです。

 一方で、「コスト削減を目的とした業者代え」のようなシンプルなニーズに対しては、既存の完成品そのものを見本として提供するなど、より効率的な対応を採るのが一般的です。中でも名刺作成などコモディティ化した案件については、顧客ニーズに応えながら手間を極力省けるよう、顧客自身が好きなデザインパーツを選んで自由に名刺のレイアウトができるようなネットショップまで登場しています。

 従って、標準的な案件についてはネットショップ受注に代表されるようなような「自動化」が、高度な印刷技術が求められるカスタム案件については「営業担当者のコンサルティング」が必要になってくるのです。この点で、営業活動の生産性を高め、案件知識を蓄積し、提案力を高めていく上で、グループウェアSFAを利用したCRMの強化が重要グループウェアSFAを利用したCRMの強化が重要になってきます。

■工務

製作見本に対して顧客から了解が得られると、印刷業者はまず製作工程の設計と費用見積もりを行います。見積もり提示後、顧客から注文を受けると、製版や印刷といった社内工程への作業指示とともに、インクなどの必要な資材、外注する工程の発注を行います。その後の印刷工程では、初校や再校、色校といった校正作業を行います。

 ただ、こうした印刷工程については、入稿するタイミングや校正作業に掛かる時間などが各顧客、各案件でバラバラであったり、データのマスタ管理が難しい特殊インクを使ったり、といった事情があるため、一般的な生産管理システム、工程管理システムでは対応しにくいものとなっています。従って、業務パッケージソフトの種類も少なく、ITによる自動化が進みにくい工程と言えるでしょう。

■制作

DTPデザイナーやCADオペレータといったIT技術者が主役となる業務です。DTPやCADを使って、顧客から依頼されたラフデザイン通りに印刷物のレイアウトデザインを行います。その際、非常に重要となるのが情報セキュリティ対策です。顧客から託される原稿データには個人情報や営業機密が含まれていることも少なくありません。よって、ハードウェアの故障やウイルス感染による情報漏えいから顧客の電子データを確実に守る上で、入念な対策が必須となるのです。

 また、制作データの取り違えや誤修正といった業務ミスをなくすために、ソフトウェア開発ベンダと同様に、システムへのアクセス制限や制作物のバージョン管理といったデータマネジメントの仕組みも必要になります。

■製版

先の制作工程で制作したデータを基に、紙に印刷するための版面を作ります。近年は制作工程で使ったコンピュータから、直接印刷用のプレートを出力することで作業時間を短縮するコンピュータ・トゥ・プレート(CTP)という方法も一般化しています。同じ印刷案件のリピート受注時には、製作済みの版を再利用するため、通常は版を一定期間保管しています。

 その際、製作済みの版をめぐって環境面、情報セキュリティ面で問題が起きることがあります。というのも、製作済みの版は印刷工程のための中間製造物であり、顧客に属するものか、印刷業者に属するものかがはっきりしません。加えて、版を廃棄する際の情報漏えいも危惧されるためです。一方、環境面ではフィルムの廃棄や印刷工程における排水を確実に管理しなければ、環境汚染の原因となります。こうしたことから、近年は印刷業においても環境マネジメントと情報セキュリティの両面から、中間制作物に対するトレーサビリティの重要性が高まっていますトレーサビリティの重要性が高まっています。

■印刷

印刷機械は紙詰まりや印刷ズレといったトラブルが多く、日常の点検や定期的な整備が重要とされています。また、色は室温など環境変化の影響を受けやすいため、機械だけではなく作業所全体に対する繊細な温度/湿度管理が必要になります。ただ、ローラーなどの消耗品は高額なケースが多い他、ドイツ製のものなど、取扱書の理解に外国語の読解力が求められる機械の場合、点検や整備作業も容易ではない場合が多いようです。この点で、「いかに設備生産性を向上させられるか」が、印刷工程における大きな経営課題となっています。

■製本

一言で「製本」といっても、丁合い(ページ合わせ)、とじ、裁断、背固め、表紙貼りなど、非常に多くの作業工程が存在します。製本機械も印刷機械と同様にトラブルが多いため、点検整備が重要となります。製本が最終工程となる場合は、完成品検査を行いますが、誤植、乱丁(ページ狂い)や落丁(ページ落ち)といった不良発生の予防と是正が経営課題の一つとなっています。

 印刷製品の不良発生の原因は、人的ミスと機械トラブルの2つに分けられます。不良発生時に原因を究明して早期発見、再発防止を図るためには、工程内検査やトレーサビリティの担保といった“製造業としての生産管理の仕組み”を強化することが必要となります。

■配送

通常は完成した印刷物を顧客に納品するだけですが、出荷依頼を受けてから、「梱包や宛名書きといった物流加工を行い、指示された必要部数を各配送先に送付する」といった配送センター機能を担うこともあります。配送業務におけるIT利用上の課題は物流業と同じであり、荷役の生産性向上やトレーサビリティの担保が大きなポイントとなります。


 さて、いかがでしょうか。以上のように全業務を俯瞰(ふかん)すると、営業面ではグループウェアやSFA/CRM、印刷工程ではデータマネジメントと生産管理の仕組みがキモになることが理解できるのではないでしょうか。システム開発に携わる皆さんはこの点を意識しておくと、印刷業のユーザー要求も理解しやすくなるのではないかと思います。

市場環境変化にいかに対応するか

 では最後に、印刷業の課題を考えてみましょう。先の印刷工程でも簡単に触れましたが、物流業と同じように、印刷業でも環境問題への取り組みが大変重要となっています。このため、インクなど薬剤の使用や、木材資源の消費に対する考え方、産業廃棄物の処理方法といった「環境対策の良し悪し」が業者選定の大きな鍵となっています。特にグリーン調達を重んじる公的機関や大手企業の場合、環境を重視していない印刷業者に対しては、コンペなどの受注機会すら与えないケースもあるようです。

 また、先に紹介したCTPのような“印刷工程のデジタル化”に伴い、情報セキュリティの重要性も増す一方です。加えて、今後、電子書籍の流れが拡大することも考えれば、Web制作などデジタルパブリッシング事業との融合がさらに進んでいくことも間違いないでしょう。

 さらに、こうした状況変化に加え、不況による企業の広告費抑制の影響も受けて、今、印刷業界は急速に縮小しています。倒産件数も高水準で推移しており、まさに印刷業者にとっては正念場が続いていると言えるでしょう。IT利用も含めた経営の高度化によって、この状況変化を乗り越えることが、今、あらゆる規模の業者に求められているのです。


 次回は建設業を紹介します。

著者紹介

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

MBA/システムアナリスト/公認不正検査士

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了
  • 信州大学大学院工学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ