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自由奔放な社風が生んだ“絵心を伝えるエンジン”――東芝「メタブレイン・プロ」インタビュー(2/3 ページ)

» 2005年12月17日 04時11分 公開
[本田雅一,ITmedia]

画質調整担当者の“絵心”を伝えるために開発された新エンジン

 デジタルの映像は、言い換えればデジタルデータの塊で、それを半導体プロセッサで適切に処理することで、デジタルディスプレイパネルに“絵を描く”。デジタル信号処理の技術は、いわば机上の理論で組み立てることが可能だが、その評価は処理能力ではなく、出てくる絵でのみ決定するものだ。前者は理論の蓄積が必要であり、後者は絵心がなければならない。

 研究開発部門における信号処理の理論と松尾氏が経験の中で培ってきた絵心を結びつけるプロセスは、システマチックに組織を機能させるだけでは生まれない。部署間、会社間を超えて共通の目標と、共通の意識を持つ、日本型のコンセンサスを強く保つ文化がなければならない。

 絵描きである松尾氏が望む“こういう絵作りがしたい”という要求に対し、それを映像エンジン、さらには半導体チップのレベルにまで落とし込んだのがコアテクノロジーセンターAV技術開発部・部長の安木成次郎氏、東芝デジタルメディアエンジニアリングのシステムLSI技術担当プリンシパルエンジニア住吉肇氏の二人だ。

 メタブレイン・プロは正確に言えば高画質化を行うだけのチップではない。その中にはデジタル放送のデコードやデータ放送の再生、表示、インターネットビデオオンデマンド配信の4th Mediaへの対応、高画素のグラフィックプレーンを使ったユーザーインタフェースなど、実に多くのデジタルメディアを処理する統合型のエンジンだ。

 そこに搭載されるチップはオーバーキル、つまり、必要十分以上とも思える能力が持たされた。住吉氏によると、メタブレイン・プロには64ビットプロセッサが2個、32ビットプロセッサが2個(いずれも東芝がラインセンスを保有するMIPS系アーキテクチャ)、それぞれ統合され、333MHzのDDR2メモリを2Gビット(256Mバイト)搭載している。

 「全機能のメモリを共有し、メインの64ビットプロセッサがすべてのシステムを監視できるように作ることで、全体の処理効率を上げました。データの共有が用意で連携した動きにもレスポンスよく応じることができます。様々なアプリケーションに対して柔軟なソフトウェアを構築できるのがメリットです」と安木氏と住吉氏は話す。

 その開発には300人が関わり、トータル2年もの期間をかけた。また、当時からフルHDのSEDという目標があったため、今日のフルHD液晶パネルへも余裕を持って対応することが可能だという。

 この開発の中でもっとも注意を払ったのは、松尾氏から託された自由な絵作りを実現するための機能だ。映像処理を行う回路ブロックは、決まった処理を行う専用回路のブロックは多数のレジスタを参照しながら柔軟にその動作を変更可能にし、別の部分はプログラマブルな動作が行えるよう回路設計を行った。

 このため映像処理チップに絵作りのデータを送り込む際、通常はものの2〜3秒で終わるところ、メタブレイン・プロでは1分近い時間がかかるという。それだけ多くのデータを転送しなければ動かないほど、絵作りの柔軟性が高いとも言えるだろう。たとえばガンマカーブを設定するパラメータだけで、1792種類ものデータが参照される。

 また液晶パネルの場合、表示する点の輝度によって同一の色相でも微妙に色が変化するなどのクセがどうしても出てしまう。そうしたクセに対応するため、指定した色相を別の色へとシフトさせたり、明るさ、彩度を変えるだけでなく、輝度を32のゾーンに分割。各輝度ゾーンごとに色のキャリブレーションを行えるようになっているという。

 そしてこうした色のチューニングに加え、松尾氏がこだわったのが、映像ソースごとに最適な階調をコントラスト比の限られた液晶パネル上で再現することだ。

魔方陣アルゴリズム・プロと新ヒストグラムダイナミックガンマが生み出す階調性

 液晶パネルの階調は256階調しかない。これは元のデジタル放送が持つ階調からすれば十分に思えるかもしれないが、実際にはデコードした映像に多くの処理が施され、色のキャリブレーションも行われる。そうした高画質化処理をきちんとパネル上で反映させるには、8ビットのパネル階調をより多く見せなければならない。

 そこで各社とも階調を増やすための処理を行っている。基本的には誤差拡散あるいはハーフトーン技術と似たものだが、いずれの場合も一工夫しなければきれいな階調のつながりとならない。

 東芝のコアテクノロジーセンターで開発したものは魔方陣アルゴリズムと呼ばれるもので、ハーフトーンが目立ちにくくS/N感を悪化させないよう配慮した上で、時間軸方向にもパターンを分散させた階調化技術である。メタブレイン・プロではこの技術を発展させた魔方陣アルゴリズム・プロと採用する。従来の魔方陣が1024階調だったのに対し、魔方陣アルゴリズム・プロは12ビット、4096階調を液晶パネル上に表現する。

 階調が細かくなったことでどのようなメリットがあるのか? もちろん、端的にはグラデーションがなめらかになる効果があるわけだが、突き詰めるとそれは絵作りの自由度につながる。松尾氏が意図する微妙な色の変化、トーンカーブを演算で作り出したとして、それをパネル上で表現したときに階調の飛びが出てしまうと、そこまで絵を追い込むことはできないことになる。

 絵作りの担当者が意図する絵を、きちんとキャンバス上で再現するために必要不可欠な要素が12ビット4096階調の表現というわけだ。

 一方、新ヒストグラムダイナミックガンマも注目に値する機能だ。メタブレイン・プロは映像信号から7種類のヒストグラムをリアルタイムに生成。絵の内容を細かく分析し、その分析結果から最大256点の変曲点を設定した最適なガンマカーブ(実際にはガンマ曲線ではないためトーンカーブという方が正しいだろう)を動的に作り出し、14ビット精度で階調処理を行う。それと同時にバックライトの明るさをコントロールし、見た目の違和感を全く感じさせずに、締まった黒からの階調と高いピーク輝度周辺の階調を両立させる。

 もちろん、これらはあくまでもチップとしての機能でしかない。これを使いこなすのは人間の仕事だ。しかしZ1000シリーズにおいて、それらの機能は見事に画質という結果によって結実している。

 というのも、リアルタイムで映像データを分析しながら画質を微調整する機能は、松尾氏が望んでチップへと反映されたものだからだ。「リアルタイムの映像分析は、アナログではできなかったことです。しかし高性能なプロセッサさえあれば、それを実装できます。これもチップの開発陣に要求したことのひとつでした」(松尾氏)

 Z1000シリーズが採用する液晶パネルはIPS型の駆動方式を採用したもので、視野角の差による色変異が少ないが、その半面、コントラストはさほど高くない。それでも37インチ以上のZ1000が採用する液晶パネルはIPSの中では高コントラストで、デバイスレベルで800:1のコントラストがある。

 とはいえ、そのままではやや暗めの室内では黒浮きが目立ちやすいものだが、Z1000は黒がしっかりと沈み、その上、暗部の見通しも良い。一方で明るい場面では元気の良い白、しかも階調が残り立体感のある白が出てくる。パネル自身の発色となると話は変わってくるが、この階調表現の巧みさがZ1000シリーズの魅力、そしてメタブレイン・プロの魅力と見る。

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