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» 2009年05月18日 16時44分 UPDATE

人とロボットの秘密:第1章-1 哲学の子と科学の子 (1/2)

錬金術が生んだ人造人間・ホムンクルスは、人智が作り出した「哲学の子」と呼ばれた。現代の技術が目指すヒューマノイド――科学の子――の頭脳は、どこまで人間に近づいているのだろうか。

[堀田純司,ITmedia]

人とロボットの秘密

 ロボット工学を「究極の人間学」として問い直し、最前線の研究者にインタビューした書籍「人とロボットの秘密」(堀田純司著、講談社)を、連載形式で全文掲載します。

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まえがき 自分と同じものをつくりたい業(ごう)


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第1章 哲学の子と科学の子

人は命をつくり出すことができるのか

 DNAの二重らせん構造を解き明かした分子生物学者、フランシス・クリックは、1981年に『生命 この宇宙なるもの』(原題『Life Itself:Its Origin and Nature』)という著書を発表した。この本では「意図的パンスペルミア説」という仮説が提起されている。

 これは“高度に発達した他の天体の文明が、意図的に地球に生命の種をもたらした”と唱える大胆な説だ。この仮説でクリックは生命の発生に必要とされる条件を考察し、それらすべてが原始の地球環境において整うことは「奇跡にも等しい」との思考実験を行う。そのうえで、「で、あるならば、生命は地球上ではなく他の天体で生まれたという説も検討に値する」と彼は提起するのだ。

 一見するとこの仮説は、ルネッサンス期の人文学者が神による人類創造説について語った揶揄(やゆ)──創造者Xを仮定するとなると、Xの創造者X′を仮定せねばならず、そうするとそのまた創造者X″を仮定することになり、結局連鎖は無限となってしまう──を思い出させるかもしれない。自然発生が難しいからといって、創造主の存在を仮定してしまうと「では、その創造主は誰に創造されたのか」という疑問に行き当たるからだ。

 しかしクリックの意図はそうではなく、生命発生がいかに困難であるかを指摘し、銀河系には地球よりも、より生命の誕生に適した星が多数存在するという可能性に目を向けるのである。

 実際、科学者の中には、地球環境どころか「仮に全宇宙がDNAの構成物質からできていたとしても、ランダムに結合を促進しただけでは生命が発生するために時間も空間もぜんぜん足りない」とまで主張する人もいるくらい、生命の誕生には厳しい条件が存在するのだ。

 では、自然による生命発生が奇跡にも等しいことならば、その奇跡によって生まれた我々が人工的に生命を生み出すことは可能だろうか。

 人造生命の生成、ホムンクルスの創造はヨーロッパ中世に栄えた錬金術の主要なテーマのひとつだった。大錬金術師パラケルススは、人間の精液を蒸留壜に封じ、特定の条件のもと40週間にわたって培養することで人造人間を生み出したと伝えられる。

 そうしたホムンクルスは、当初は小さくても、愛情を込めて育てればやがて人間と同じような体を獲得し、かつ人工ゆえに人間以上の性質──不老不死の特質を持ったという。こうした人智による生命を、錬金術では「哲学の子」と呼んだ。

 伝説では、パラケルススはサラマンダーから授かった秘法により、自らがつくり出した生命に転生することすらできたと伝えられるが、残念ながら秘薬の毒のために死んでしまったという。

 現在では、有機的な生物の生成は、まだ単純な細胞ひとつですら実現していない。かつてはP4(Physical containment 4)という厳重に隔離された施設で行われた遺伝子操作の実験は、いくら操作してもまったく新しい種類の生物が生まれることはなかったために、現在では基準が緩められているそうだ。

 であるならば、無機の生命はどうだろうか。ロボットという人が生み出した機械の体は、どうやら、ゆっくりとであっても、着実に成果をあげているらしい。しかもその中でもこと人型機械、ヒューマノイドの分野に限ると、欧米と比べて大きくわが日本の研究が進んでいるというのである。

ロボットの定義

 日本工業規格(JIS規格)ではロボットについてこう定義してきた。

 「自動制御によるマニピュレーション機能又は、移動機能をもち、各種の作業をプログラムによって実行でき、産業に使用される機械」

 しかし日本機械工業連合会と日本ロボット工業会が2000年にとりまとめたレポート『21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書』では、このようにとらえられている。

 「実世界に働きかける機能を持つ知能化システム」

 従来のロボット開発は、主に産業分野で行われてきた。しかし現在では、いよいよ一般家庭のニーズや人の生活のサポートを視野に入れたロボット開発がはじまった。

 ロボット開発が、新しい段階に入っている。──そうした認識にもとづく再定義である。

 1962年に世界で初めて産業用ロボットを実用化したのはアメリカのユニメーション社だった。その数年後に日本もユニメーション社のロボットを輸入し、当時、高度経済成長期にあって労働力が不足していた日本でロボットは国産化され、大胆に普及していく。1970年に1万9000台だったロボット製造数は、1980年にはほぼ10倍。70年代を通して日本のロボット生産は欧米を追い越していくことになった。そして80年代後半には世界のロボット設置台数のうち半数が日本製のロボットとなり、最盛期には世界シェアの7割を占めるにいたる。

 90年代の不況期に製造数は縮小するが、21世紀に入った2001年の当時でも世界全体のロボット設置台数75万台のうち、依然として約半数の38万9000台が日本製だった。政府も継続的に自国のロボット産業への支援を実施し、たとえば1983年から1990年にかけて原子力、海洋、災害といった極限環境下において活動するロボットの開発事業を行っている。

 しかし「実世界に働きかける機能を持つ知能化システム」とは、従来の産業用ロボットとは違う概念である。それは特定の環境で与えられたタスクをこなす自動機械ではなく、実世界の情報とコミュニケーションすることが可能で、しかもその結果を世界にフィードバックして環境に作用する機能を持つ人工物を指す。

 人は、特定の機能においてならば、人間よりもはるかに正確で力が強く、しかも丈夫であり持続可能な機械をつくり出した。その機械の誕生は人の文明の形を変えてしまったが、従来の産業用ロボットは、あくまでこうした機械の延長線上の存在だった。しかし再定義されたロボットは、自分で世界の情報を収集し、解釈する能力を備えた存在。特定の管理された空間ではなく、人が暮らす複雑な世界の中に置かれて機能するだけの汎用性を持った人工システムだ。

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