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» 2009年05月26日 16時01分 UPDATE

人とロボットの秘密:第3章-2 「親しみやすい」ロボットとは 記号論理の限界と芸術理論 中田亨博士の試み (1/2)

記号論理では“生き物らしさ”を再現できない――産総研の中田亨博士は、感情表現についての理論をロボットに適用し、生き物らしさを研究している。

[堀田純司,ITmedia]

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身体動作による感情表現の研究

画像 中田亨 1972年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。工学博士。産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員。事故予防をテーマとする『ヒューマンエラーを防ぐ知恵 ―ミスはなくなるか』(化学同人刊,2007)などの著作も発表している 撮影:金澤智康

 中田博士が勤務する産業技術総合研究所(産総研)は、公的研究機関として日本最大の規模を持つ独立行政法人。その産総研の中で、デジタルヒューマン研究センターは人間の機能をモデル化する研究を進めている。

 人間を取り巻くさまざまな製品は、ほとんどが人間を対象にして設計されている。それらの製品については、自分たちでつくったものなので、人間はきちんと成り立ちを把握している。しかし自分たちでつくったわけではない肝心の人間そのものについては、完全に理解しているとは言えない。だから実は、人間と製品の関係において、人間が「もっとも解明されていないシステム」なのである。

 デジタルヒューマン研究センターは、このギャップを解消するためにコンピューター上に人間のモデル、「デジタルヒューマン」を構築し、人間の機能について研究を行っている。

 中田博士はこのデジタルヒューマンセンターで、“非言語”のコミュニケーションについて芸術分野の理論を取り上げ、その理論をペットロボットに適用。そのロボットが人間に与える印象を研究していた。

人、動物、ロボットで動作は共有できるのか

 世界は言葉では語りつくせない。世界とは言葉ではない。これは西洋の思想史が近代になってたどりついた結論だった。

 我々は言語記号を扱う際、たとえば「犬」という記号と、その記号が指し示す「物そのもの」にはなんらかの対応関係があることを前提にしていた。しかし、よく考えてみると実は犬と、犬そのものの結びつきは「これはイヌと呼ぶ」と勝手に人が決めただけ。言語記号は、それが指し示す世界そのものとは関係がないのだ。重要なのは、それが「イヌ」であり「イワ」「キヌ」ではないこと。記号同士の違いであって、指し示す対象との結びつきではないのだ。

 近代以前にあった、記号によって世界を解明することができる、語りつくすことができる、という世界観は「形而上学」と呼ばれ、あまりふるわなくなった(東洋思想では、たとえば般若心経の「世界に実体などない。あるのはただ縁だけ」という言葉に見られるように、相対思考がもともと昔から自然に定着していたのだが)。

 だが、しかしである。哲学ならばいい。工学の世界で、言語記号を使わない、身体表現でのコミュニケーションを研究することなど可能なのだろうか。それが人間同士の身体表現ならばまだわかる。怒りならば握ったこぶし、よろこびならば上げた両手、というように動作もある程度、文字どおり記号化されているだろうからだ。しかし他の種であるペットと人間の非言語のコミュニケーションは、共有できるものだろうか。

 筆者は中田博士にまず、そう質問した。

 確かに、必ずしも違う人間がひとつの動作に対して、100パーセント同じ印象を持つとは限りません。

 しかし、ある生物の動作からその感情を判断する能力というのは、個々の人間どころか、種を越えて地球上の生物に共通するものだと思います。たとえば、怒って攻撃形態をとっている敵に向かって、その感情を理解せずにだらだら歩いていく生物は、進化では生き残れないでしょう。だから他の生物と動作で意思疎通できる能力は、地球上で生き残るためには非常に重要なんです。実際、生物は他の生物の感情表現を本能的に、しかも瞬時に判断します。生物の形質と、それが表現する感情についての判断は、赤ちゃんでも、犬や猫でも非常に敏感です。

 博士がペットロボットに取り組んで感じたのは、人間が愛着を感じるペットロボットをつくるということは、「生き物らしさ」を機械で再現することに行き着くということ。そしてその生き物らしさを機械で再現する研究は、人間らしいロボットをつくることに通じるものだった。

舞踊理論をロボットの動作に適用すると

 美しい、醜いといった感性や情緒の探求は芸術の範疇であり、科学にはなじまないように思われる。しかし西洋では、案外にギリシャ時代の昔から、色彩理論や音楽理論のように芸術を理論化してしまう伝統があった。中田博士は、その伝統の中でも身体表現の芸術、舞踊を選び、感情表現を数式として記述する舞踊理論に着目。その理論をペットロボットに適用して、よろこびならよろこび、悲しみならば悲しみをプログラムとして再現しようと考えた。

 その理論とは、20世紀の前半に活躍した舞踊家、ルドルフ・ラバン(1879〜1958)の舞踊理論である。ラバンとは、舞踊の世界にラバノテーションと呼ばれる記譜法と、運動を推進する内面の力としてエフォートという概念を導入。運動を定量的に記述する方法を開発し、「現代舞踊の父」と呼ばれるようになった芸術家だ。

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