デジタル放送専用レコーダーの私的録画補償金をめぐって、支払いを拒否した東芝に対し私的録画補償金管理協会(SARVH)が賠償を求めた裁判の判決が12月27日、東京地裁で言い渡される。権利者側は判決を前に、「どちらが勝っても最高裁まで争うことになるだろう。判決がどうあれ、補償金問題は根本に立ち返って改めて議論すべき」と話している。
訴訟は、東芝が販売したデジタル放送専用レコーダー(アナログチューナー非搭載)分の私的録画補償金が未払いだとして、SARVHが損害賠償を求めて2009年11月10日に提訴した。SARVHは当初、09年3月まで半年間の販売分に当たる約3265万円の支払いを求めていたが、その後09年4〜9月分の1億1424万円も加え、合計約1億4700万円の支払いを東芝に求めている。
東芝は、アナログ放送と違ってコピーフリーではないデジタル放送専用レコーダーについて、「課金対象になるかどうか明確になっておらず、消費者から補償金を徴収できない」として、2009年2月以降に発売したデジタル専用機について、補償金額を上乗せせずに販売。文化庁はSARVHの照会に対しデジタル専用機も対象になると回答したが、東芝は同年9月30日の支払期限までに補償金を支払わなかったため、SARVHが提訴した。
録画補償金は、著作権法上、消費者が負担し、メーカーは徴収・分配の「協力義務」を負う形。メーカーはDVDメディアやレコーダー、MDなどに補償金分を上乗せして販売。徴収した補償金を私的録画補償金管理協会(SARVH)に支払い、SARVHが権利者などに分配している。
デジタル専用機の補償金は、東芝を含む4社が支払いを拒否しているという。背景には、補償金制度や「ダビング10」をめぐりメーカー側と権利者側が対立してきた経緯もある。判決の内容によっては、補償金制度自体に大きな影響を及ぼす可能性もある。
第1回口頭弁論は今年1月に開かれ、11月の結審までそれぞれ準備書面を10通ずつ交わして争った。争点となったのは次の2点だ。
(1)デジタル放送専用レコーダーは補償金支払いの対象となるか(著作権法施行令でいう「特定機器」に該当するか)
(2)メーカーによる補償金支払いは法的に強制されたものなのか(メーカーは補償金支払いに協力しなければならないとした著作権法104条5は法的義務のある効力規定か、法的義務のない訓示規定なのか)
(1)について、SARVHは「デジタル専用機は同施行令でいう特定機器に該当し、補償金の対象になる」と主張、東芝は「同施行令の要件のみが特定機器の要件ではなく、「ダビング10の有無」「関係者の合意」も該当性に判断を及ぼし、デジタル専用機は対象にはならない」と真っ向からぶつかり合う。
(2)では、「メーカーには補償金を支払う義務がある」という補償金制度の前提自体が争われている。
東芝側は、著作権法104条5(メーカーは補償金支払いに協力しなければならない)について、「協力しなければならない」という文言は強制力のない訓示規定であることを意味する法制用語であり、「具体的な請求権の根拠にはならない」とする。同項が訓示規定であることによって補償金制度が実質的に機能しないとしても「やむを得ない」という立場だ。
SARVH側はこれに対し「協力しなければならない」という文言は訓示規定を意味するとは限らず、国会の審議過程や多数説などから効力規定なのは明らかだとしている。
両者の主張は以下の通り(まとめはCulture Firstによる)。
SARVH(原告) | 東芝(被告) | |
---|---|---|
特定機器該当性 | ・政令1の2の3は技術的使用を定めた客観的要件であり、デジタル専用機器はその要件を全て満たすから、政令の指定する「特定機器」に該当する ・政令の条文にも「関係者の合意」という不明確な用件を特定機器の要件とする法的根拠は存在せず、一部の関係者が合意しないために補償金制度が機能しなければ、法治国家は崩壊する ・法令に基づく補償金制度が「ダビング10」という民間の暫定ルールによって実質的に廃止されることはない ・レコーダーの仕様に過ぎない「アナログチューナーの有無」を特定機器の要件とする法的根拠は存在しないし、政令が指定された2000年7月当時にはデジタル放送への完全移行方針が決定され、デジタル専用機の出現は想定されていた |
・政令の要件のみが特定機器の要件ではなく、「アナログチューナーの有無」「ダビング10の有無」「関係者の合意」は特定機器の該当性に影響を及ぼし、デジタル専用機は特定機器に該当しない ・補償金制度はその特殊な成り立ちから、「関係者の合意」がなければ機能しない宿命にある「極めてもろいガラス細工の制度」だ ・デジタル専用機はダビング10という著作権保護技術により録画回数が厳しく制限された地上デジタル放送のみを受信・録画するから、補償金の対象にはならない ・政令制定時にはデジタル専用機のようなアナログチューナー非搭載レコーダーは存在していないから、これを特定機器に含めるという内閣の意志はなかった |
協力義務の効力と内容 | ・著作権法104の5に「協力しなければならない」という文言が用いられているからといって、ただちに訓示規定ということにはならない ・104の5は補償金制度の「核」として規定された条文であり、国会の審議過程、多数の学説、規定の位置付けからすれば、法的に強制される義務を定めた効力規定である ・協力義務の内容は、デジタル専用機の出荷時に補償金相当額を上乗せ徴収し、これを原告に支払うことであり、これまでの制度の運用からも、これ以外には考えられない |
・著作権法104の5における「協力しなければならない」という文言は訓示規定を意味する法制用語であり、裁判で金銭の支払いを強制できる具体的な請求権を基礎付けるものではない ・104の5が訓示規定であることにより補償金制度が実質的に機能しないとしても、補償金制度の「宿命」からやむを得ないことである ・補償金の徴収方式はプリペイドカード方式など様々な方法があり、協力義務の内容も、デジタル専用機に補償金相当額を上乗せ徴収してこれを原告に支払うことに限定されるものではない |
権利者団体で構成する「Culture First」の事務局長を務める岸博幸慶應義塾大学大学院教授は、著作権ビジネスがコピー問題などの放置で縮小の一途をたどるとすれば「それでいいのかという社会システムの問題だ」と、訴訟の背景を俯瞰する。その上で「こうした問題を訴訟で決着させるのは米国では当たり前だが、日本では行政が仕切ってきた。今回の問題は行政の責任が重いと思う」と、問題がこじれた原因が経産省、文化庁による関係者間の利害調整の失敗にもあると指摘する。
権利者側は、フラッシュメモリ型プレーヤーの主流化で実質的に機能していない私的録音補償金を含め、「補償金制度は制度疲労が進んでいる」という認識で一致している。判決がどうあろうと「補償金制度は必要なのか、必要ならどのようにあるべきか、あるいは必要ではないのか、冷静に考えて議論してほしい」(JASRACの菅原理事長)としている。ただ、訴訟で権利者とメーカーが相互不信に陥っている状況があり、岸教授は「議論自体できず、日本として不幸な状態になっている」と指摘している。
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