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» 2011年03月29日 20時18分 UPDATE

現場ルポ・被災地支援とインターネット:「情報の真空状態」が続いている

震災関連の情報源としてネットが大いに活用された一方、被災地からの情報が届かない「真空状態」がいまだに続いている。ネットを活用した被災地支援に取り組む藤代裕之さんが、「現場」の状況や課題を報告する。

[藤代裕之,ITmedia]

大震災の情報源としてインターネットが活用されているが、被災地からネットで発信される情報はあまりに少ない。震災被害はこれまでの経験と想像すら超えており、ネットにおける被災地支援、情報発信も従来のノウハウが通用しにくい状況だ。

ブログ「ガ島通信」などで知られるジャーナリストの藤代裕之さんは現在、内閣官房震災ボランティア連携室と連携している民間プロジェクト「助けあいジャパン」に関わっている。ネットを使った被災地支援の「現場」では何が起き、何に直面しているのか。ネットという手段を持つるわたしたちには何が求められているのだろうか。震災とネット、情報を考える、マスメディアには掲載されにくい「現場」からの現在進行形のルポとして、藤代さんに随時報告していただきます。(編集部)


 東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)に関して設置された内閣官房震災ボランティア連携室(湯浅誠室長)と連携している民間プロジェクト「助けあいジャパン」(統括:佐藤尚之氏)のボランティア情報ステーション(VIS)のリーダーとして活動している。プロジェクトは、ネットやソーシャルメディアを使って、情報のミスマッチを防ぎ、最適な支援活動をサポートしていくという試みだ。「動きが鈍い」という批判があることも理解しているが、プロジェクトに関わって分かってきたのは、この震災が想像を絶する規模で、これまでの常識が通じないものであるということだ。マスメディアには決して掲載されない被災地支援の現場からの活動ルポとして読んでもらいたい。

助けあいジャパンとボランティア情報ステーション

 震災から2週間が経過し、マスメディアでは復興に向けた動きを伝えるニュースも流れているが、一方でいまだに行方不明者が何人いるかもわからない地域がある。被災地とそれ以外の地域やPCの前のユーザーの温度差は激しい。現地からの情報が届かないことによる「情報の真空状態」が続いているためにおきている。この連載では、なぜ真空状態となっているのか、プロジェクトとのかかわりで伝えていきたい。

 非常時のため事象がめまぐるしく変化し、何から話すか迷うほどだが、まずは、助けあいジャパンとボランティア情報ステーションの位置付けを説明しておきたい。

 助けあいジャパンは、東北地方太平洋沖地震をきっかけに、「明日の広告」の著書があり、さとなお.comというWebサイトを運営している、電通のシニア・クリエーティブ・ディレクターである佐藤尚之氏が呼びかけた民間プロジェクトで、ソーシャルメディアなどを活用して被災地からの情報を届けるもの。これまでに公式サイトやフェイスブックでの情報提供が始まっている。

 その中で、情報ステーションは、刻々と更新されていくボランティア情報の入力、収集や整理、発信、またデータベースの開発指揮、その利用の促進も検討するというひとつの実働部隊として25日に発足した。まずは、ホームページやブログに掲載されている各地の社会福祉協議会やボランティアセンター、NPOの情報をネットで検索し、データベースに入力、情報整理してサイトで発信している、今後は各団体と連携して被災地からの情報も収集していく予定となっている。また、情報は、インターネット上で誰でも無料で利用できる形(XML形式)で公開されている。

 どちらの運営も、趣旨に賛同した有志(個人)と、運動をサポートする企業によって展開されている。

ネット上のボランティアが出現した新潟県中越地震

 震災後の14日に佐藤氏から相談を受けて、助けあいジャパンにかかわるようになったが、当初は活動そのものへ距離があった。被災地を支援するために助け合うという活動の目的は理解し、賛同したが、実際のところ何をするのかは明確でないように思われたからだ。

 また、民間といいながら「官」のプロジェクトのように見えたということもある。なぜこのように立ち位置があいまいに見えるのかについては、どこかで詳しく書きたいが、この先がどうなるかわからないプロジェクトに、会社員でもあり、ジャーナリストとして活動する自分自身がどう関わるのかという迷いがあった。

 しかしながら、大きな災害を前に何もせずにいるというのは、どうにも気が引けた。自分自身がいまネットやソーシャルメディアで活動するきっかけには2004年の新潟県中越地震があり、それ以降も災害時の情報の流れ、ネットとマスメディアの役割について考えてきただけに、何かやらなければという思いがあった。

 日本におけるネットと震災の関係の転換点は1995年に起きた阪神淡路大震災だといわれている。個人の利用は始まったばかり、総務省のインターネットの普及率も統計データが存在しない。PCの普及率は20%未満で、その中でネットワークにアクセスできるものはさらに限られていた。当時パソコン通信と呼ばれた掲示板などで被災地やボランティアの情報交換が行われたが、広がりは限られていた。

 ネット利用者数が7000万人で、普及率が60%をこえてきた2004年10月に起きた新潟県中越地震。ブログやwikiシステムといったWebサービスが広まりつつあったタイミングであり、さまざまな取り組みが行われた。ヤフーの掲示板や2ちゃんねるに情報が書き込まれ、これらの情報をまとめるブログが登場、情報が整理されるようになった。これは、ネット上で情報を整理するボランティアと言えた。被災地のボランティアセンターもWebサイトを立ち上げて情報発信することころが出始めていた。

解消されない「情報の真空状態」

 この直前、私は新聞社に在籍しながらブログをスタートさせていた。

 特に、被災地で無理な取材をしたり、コンビニの弁当を買い占めたりする、という情報がネットで広がり「マスゴミ(マスメディアとゴミを掛け合わせた造語)」という言葉が登場したことは現役の記者として大きなショックだった。

 中越地震での人々の情報発信とマスコミ不信は大きな転機となった。被災地は被害が大きければ大きいほど情報は「真空状態」となり出てこない、しかし周辺は被災地の情報を知りたがり、何かできないかと考え始める。しかし、マスメディアの報道は、被害の大きさや悲惨さにフォーカスしがちだ。これは被害を他地域に伝えるという役割がある以上仕方がない部分もある。

 だが、今回は、中越地震の際に課題だった避難所情報、ゴミや食料配布といった生活情報も細かくカバーされるようになり、マスメディアも変わりつつあった。NHKとGoogleのパーソンファインダーによる連携などは考えられなかったことだ。Twitterも情報の共有に使われていた。中越地震のときよりもさらにネットが身近となり、地方ではまだまだとはいえソーシャルメディアも広がり、現地に入る人も増えれば多くの情報がネットに発信され、溢れる情報をどう編集するかが課題になるとの見通しを立てていた。

 しかしながら、この見通しは誤っていたことになる。いまだに現地の情報は乏しく、「真空状態」が続いている。それは今回の震災がいまだに経験したことがない大きさ、広さ、複合的だったことの現われだったが、地震直後の段階では分かっていなかった。

 佐藤氏に相談を受けたものの、すぐに情報ステーションが動き始めたわけではなかった。助け合いジャパンの動き見たり、アドバイスをしたりはしたが、自分の周りでできることから始めてみようと別のプロジェクトを進めることにした。これまでの震災の情報フェーズにあわせて、現地からの情報が出るまでの間、ボランティア情報を掲載するまとめサイトを立ち上げることにした。

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