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効果は年間数十億ドル? 「物流×ブロックチェーン」の可能性特集・ITで我慢をなくす「流通テック」(1/2 ページ)

» 2018年08月10日 16時20分 公開
[井上輝一ITmedia]

 仮想通貨の価格の乱高下や、仮想通貨交換業者に対する金融庁の規制などが世間をにぎわせているが、「ビットコイン」とともにデビューした分散型管理台帳技術「ブロックチェーン」は、依然として企業や技術者から注目を集めている。

 例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループと米Akamaiは2018年5月、毎秒100万件の処理速度を実現する決済特化型ブロックチェーンを開発したと発表し、反響を呼んだ。ソフトバンクグループの孫正義会長(兼社長)も、6月の提示株主総会で「ブロックチェーンは重要な基幹技術と認識している。グループの会社で使っていく」と意欲を見せている

 ブロックチェーンはビットコインとともに生まれた技術だが、必ずしも仮想通貨にひも付くとは限らない。その本質は「台帳を分散技術で管理できること」であり、台帳に記すものが金銭のやりとりである必要はない。そのため、これまで何らかの台帳を用いてきた産業や事業にはブロックチェーンを適用できる可能性がある。

 今、世界中の企業がブロックチェーンの可能性をさまざまなビジネスで模索している。

 中でも、有力視されている活用先の一つが「物流」だ。物流にブロックチェーンを活用するとはどういうことだろうか。本格導入に向けて研究を続けている、国内外の代表的な事例を見てみよう。

貿易に使われている大量の紙が、ブロックチェーンに置き換わる?(IBMより

「信用担保するだけの仲介者は不要に」「『ブルウィップ効果』克服できるかも」

 米IBMは、Linux Foundationが2015年に始めたオープンソースのブロックチェーンプロジェクト「Hyperledger」(ハイパーレジャー)を主導する初期メンバーだ。参加許可を受けた複数の組織で運営できるコンソーシアム型ブロックチェーン「Hyperledger Fabric 1.0」(ハイパーレジャーファブリック)を自社事業にも採用している。

 Hyperledger Fabricのようなコンソーシアム型ブロックチェーンは、複数の企業が、特定の商品について取引を行うサプライチェーンでの取引記録に有用だとIBMは考えている。

(ブロックチェーンの分類解説記事:ブロックチェーンでコスト削減、必要なのは「業務をシンプルにすること」

各企業が平等に信用できる共有台帳

 サプライチェーンでは従来、取引に関わる企業がそれぞれ自社データを持っている。そのため、例えばある商品を発注したとして、発注先からいつ出荷されたのか、予定通りの個数なのか、今どこにあるのかといった情報を、企業間でリアルタイムに共有するのは難しい。

 コンソーシアム型ブロックチェーンでは、各企業の取引データを共通のブロックチェーンに載せることで、参加企業間の情報連携をリアルタイムに実現できるという。

 データの共有だけであれば、中央データベースを用意して、そこに各企業がデータをアップロードすることも考えられるかもしれない。しかし、この方法ではデータベースを集中的に管理するチームが必要となり、各企業は「そのチームがデータを正しく保持すること」を信用しなくてはならない。信用を保つためには厳重な管理が必要で、その分コストもかかる。

 一方のHyperledger Fabricはブロックチェーンであるため、上がってきた新たな取引のトランザクションを、分散するノード(コンピュータ)がそれぞれ検証する(※)。規定台数以上のノードがトランザクションに改ざんがないことを確認すると、各ノードがそれぞれの台帳のブロックにトランザクションを書き込み、同じ内容の台帳を保持する。

 検証のたびに多数決を取る「PBFT」(※)という合意形成アルゴリズムを利用するため、台帳に書き込む内容は検証完了時に決定しており、後から覆ることはない。多数決のため、一定台数以上のノードが結託すれば不正なデータを書き込むこともできるが、コンソーシアム型では許可を受けたノードしか参加できないため、そのような問題は起こり得ないとIBMのエンジニアは同社の解説記事で述べている。

Hyperledger Fabricの合意形成アルゴリズムである「PBFT」(※)(Practical Byzantine Fault Tolerance)の流れ

 従ってHyperledger Fabricを用いる企業は、その仕組みを信頼できる限り、チェーンに参加する他社を信用しなくてもデータを信用できるのだという。これが、ブロックチェーンが「信用できる共有台帳」となる理由だ。

【訂正:2018年8月10日午後6時20分】

※:Hyperledger Fabricが合意形成アルゴリズムに「PBFT」を使うのはバージョン0.6までで、2017年3月にリリースしたバージョン1.0(最新1.2)からは「Endorsement」(裏書き)、「Ordering」(注文)、「Validation」(検証)の3つのフェーズからなる「Ordering Service」を合意形成アルゴリズムに採用しています。ブロックチェーンによる合意形成を行えることは変わりありませんが、PBFTに比べ、ノードの動的追加やスループット向上を見込めるとしています。

Ordering Serviceの合意形成アルゴリズム

サプライチェーンはどう変わる?

 ブロックチェーンによる共有台帳が実現すると、サプライチェーンはどう変わるのか。IBMは、大きく分けて「可視化」「最適化」「需要予測」の3つの可能性を挙げる。

 従来型の運輸業は、今でもデジタル化されていない大量の紙に依存しており、輸送先の国に紙の書類も空輸しなければならないとIBMは指摘する。証明書類のスキャンによるデータ転送は信ぴょう性が低いとされ、認められていないからだという。

 証明情報が紙で輸送されるということは、それだけ積荷の確認にも時間がかかる。

 こうした問題の解決手段として、IBMが期待しているのがブロックチェーンだ。証明情報をブロックチェーンに記録すれば、信用を維持しながら迅速に情報共有できるほか、紙の輸送コストも大幅に削減できると見込んでいる。

 また、商品の現在地情報をブロックチェーンに記録していくと、その商品がいつ、どこにあったかという過去も追跡できるようになる。つまり、原産地や原産地での各種情報を加工業者や小売業者が確認できるほか、生産者も商品がどこに行くか追うことができる。

 このように物流が可視化されるメリットは大きい。例えば、加工業者は部品の供給不足を事前に把握し、別のサプライヤーから調達するなど、対応に猶予が生まれる。情報をいつでもリアルタイムに知られる環境になることで、より一層の業務最適化が進む。

 さらに、ブロックチェーン上のデータは「正しさ」が保証されるため、信用担保のために仲介業者に頼らなくてはならない度合いも下がるとIBMは予想する。

 仲介業者を介さずとも情報が信用できるのであれば、今まで掛かっていた仲介コストも削減できる。IBMは研究レポートの中で、「信用を保証することが唯一の役割である仲介者と取引している場合、ブロックチェーンによってその必要性はなくなるだろう」と提言している。

 生産者にとっても、商品の詳細な追跡ができるのは大きなメリットがある。小売店と同じタイミングで、顧客の購入情報を入手できるからだ。どの店でどれだけ売れているかという情報がリアルタイムに分かれば、それだけ迅速に商品の追加生産や、販路変更に対応できる。

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