筆者は、冒頭でも述べたように割合としてはIT系の取材依頼が多いのだが「車(ただしスポーツカーだけ)に詳しい」ということもあって、時々自動車メディアからの取材依頼が来る。その日、受けたのは「日産GT-Rの2011年モデルの発表会を取材してきてほしい」という依頼だった。
そこで壇上に立って件の車の解説をしていたのが、当時の日産GT-Rの開発責任者の水野和敏氏だった。筆者はその時たまたま最前列に座っており、自分の間抜け面が水野氏の機嫌を損ねたのか分からないが、発表中にやたら指さされたのである。
「はい。そこのキミ、なぜGT-Rの車重が1.7tになっているか分かる?」
まるで中高の学校の授業である。
突然聞かれても分からないので「わかりません」と答えると「結局、君たちは(記者たちは?)、『スポーツカーは馬力が大きくて軽ければいい』という視点だけで見ているよね」と、筆者はたちまち「ダメなジャーナリストの代表格」にされてしまう。その状況に「えっ」と驚いているうちに、すぐに2問目が。
「もう一回、君に聞くよ。GT-Rのホイールが20インチになっている理由はなぜか分かる?」
再び「わかりません」と即答すると、「ちゃんと考えようよ。大学とか出ているんでしょ」と水野氏。周囲の記者からは嘲笑……というよりは、「ああ、お気の毒に」という同情する雰囲気のクスクス笑いが。
後で知ることになるのだが、日産GT-Rはほぼ毎年発表される年次モデルの発表会の折には、最前列に座った記者に対し、壇上の水野氏からリアルタイムクイズが出されることはザラだったのである。目を付けられると発表会の間、ずっといじめられるのだ(笑)。
ちなみに、今の2つの問題の解答は、互いに関連しあったものになっている。
結局、道路を走る全ての自動車というものは、路面に接地させたタイヤで路面を蹴って走っている。たとえ、どんなにエンジンの出力(馬力)が高くても、タイヤの路面への接地面が小さければ路面を蹴る力が弱まってしまう。であれば接地面を大きくするためにはどうすればいいのか。
タイヤは丸い。丸いタイヤの円弧を大きくすれば接地面は広がる。まずシンプルにこの特性を利用するのだ。
そう、地球は丸いが、あまりにも大きいため、われわれが立つ足元の大地は平面に見える。それと同じ理屈で、ホイールが大きければ大きいほど、タイヤの円弧は平面に近づき(≒曲率は下がり)、路面への接地面積が増えるのだ。
日産GT-Rの型破りに大径のホイールはそうした理屈から選択された。当時としては常識破りな考え方だった。
今でこそ当たり前となっているが、日産GT-Rがデビューした2007年当時は、スポーツカーの純正ホイールサイズといえば最大クラスでも18〜19インチだった。20インチのホイールといえばスポーツカー用ではなくSUVやオフロード車が履くサイズという認識だった。
もう1つ、重さのクイズはちょっと難易度が高めだ。
高出力なエンジンを搭載するスポーツカーには大きいホイールを履かせればいいとしても、限度はある。その最大限のサイズのホイールを履かせたとして、タイヤを通じて大きな馬力を路面伝えるためには、タイヤの摩擦係数を高くする必要がある。摩擦係数はタイヤの材質の改善で昔から比べれば向上はしているがこれまた限度はある。
このため、高出力なスポーツカーは、停止状態から全開出力発進させるとタイヤが空転してしまうことが多く、発進直後の瞬間はもたつくことが多い。その後、車のボディーを通り過ぎる空気が生むエアロダイナミクス(空力)からの下向き力(ダウンフォース)が働き、タイヤが下向きに路面へ押しつけられることでタイヤが路面をつかむようになり、馬力が路面に効率よく伝わっていくようになる。
GT-Rでは、500馬力(当時)前後の出力を、ゼロ速度状態から十分に路面に伝えるには一輪あたり400kgくらいの下向きの荷重をかける必要があると計算できたという。だから空力とは別に重力を味方に付けた……と水野氏は説明していた。
ただ、車両重量が大きいと慣性質量が大きくなり、ブレーキングや旋回時の慣性モーメントが大きくなる。重量が大きければ大きいほどいいということではなく、バランスが大事ということにはなるのだが、レーシングカーではない公道を走ることが主体のロードゴーイングカーのGT-Rにおいては、空力が期待できない領域においても優れた発進加速/旋回能力/制動力を発揮するために、このような仕様を選択したということなのだろう。ちなみに、同じGT-Rにおいても、競技性を重視した、nismoの称号が付いたようなグレード/モデルでは車重を低減させている。
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