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» 2015年04月24日 09時00分 UPDATE

和田憲一郎が語るエネルギーの近未来(11):水素資源も含めた、多様なエネルギーサプライチェーンが不可欠 (1/4)

燃料電池車や水素ステーションの普及にはまだまだ多くの課題が残されている。普及に向け重要な役割を担う業界団体の1つである燃料電池開発情報センター(FCDIC)は、現在どういった活動を行いどんなビジョンを描いているのか。同センターの吉武優氏に聞いた。

[和田憲一郎(エレクトリフィケーション コンサルティング),スマートジャパン]

 燃料電池車(FCV)や水素ステーションの普及を図る上で、重要な役割を担うのは企業だけではない。業界を横断した推進団体も大切な役割を果たす。このような燃料電池推進の業界団体は、現在どのような活動を行っているのか、またFCVの将来をどのように見ているのだろうか。燃料電池を推進する業界団体は複数あるが、中でもその代表といえる燃料電池開発情報センターと燃料電池実用化推進協議会への取材機会を得た。今回はその内容を前後編で紹介する。

 前編となる今回は、1986年に設立された学術団体である「一般社団法人 燃料電池開発情報センター(以下、FCDIC)」の取り組みを紹介する。同センターの常任理事・事務局長を務める吉武優氏にその設立背景や、現在の活動状況およびFCVの普及に向けた将来像について聞いた。

つくば科学万博の頃に発足

rk_150417_wada01.jpg 燃料電池開発情報センターの吉武優氏

和田憲一郎氏(以下、和田氏) 最初にFCDICの役割について教えていただきたい。また、燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)、水素エネルギー協会(HESS)、さらには水素供給・利用研究組合(HySUT)などとの役割分担もどのようになっているのかも合わせて教えていただきたい。

吉武氏 燃料電池開発はこれまで何度もブームがあった。その要因としては燃料電池が宇宙船に採用されたことが大きく影響している。特に水素は反応速度が速く、酸素と反応させることでロケットエンジンの優れた推進剤となる。燃料電池は水素を高効率で活用でき、さらに宇宙船搭乗員の飲料水も生成できることから宇宙船用の電源としての利用が進んだといういきさつがある。

 最初の燃料電池ブームは1969年7月にアポロ11号による月面着陸が成功した後になると思う。1970年の大阪万博ではアポロが持ち帰った月の石が話題となった。当時の宇宙船に使われていたのは、アルカリ形燃料電池だったが、地上用としてはリン酸形燃料電池(PAFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)などの要素技術開発が進んでいた。

 その後1985年につくばで開催された科学万博では、米国UTC社製のPAFCが展示され東京ガスと大阪ガスが運転を担当した。こうして燃料電池が話題となる中で、通産省 工業技術院の燃料電池担当の方が発案し、日本でも燃料電池の開発・普及に向けた組織作りが進められた。その結果、1986年に電力会社、新エネルギー総合開発機構(現在の新エネルギー・産業技術総合開発機構)、電機メーカーなどが協力して燃料電池開発情報センターが発足した。発足当時の会員数は78機関だった。

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