将棋の世界では、人間と将棋ソフトが対局する「電王戦」にてAIが人間のトッププロを破ったことで「将棋は終わった」という危機感が広がった。「当時の将棋連盟は、当時最強だった羽生善治さんをAIと対局させるのをためらっていた」と茂木さんは振り返る。
続けて「しかし、現実で何が起こったかというと、現在は空前の将棋ブームになっている」と茂木さん。人を超えるAIが登場したにもかかわらず、将棋の世界では人間の対局が依然として注目を集めている。
「今のAIは、将棋のトッププロの藤井聡太さんと1万回対局して1万回藤井さんが負けるような実力差があるにもかかわらず、AI同士の将棋に誰も興味がない。人間は人間にしか興味がない。このことの意味を深く考えるべきだと思う」
また、2013年に公開した恋愛SF映画「her/世界でひとつの彼女」では、主人公がAIアシスタントと恋に落ちるが、やがてそのAIが何万人もの人と同時に交流していることを知り、失望する場面がある。この例に対して「AIとの関係は、一時的な好奇心を満たすだけ」とし「人間の本質的な欲求を満たせるのは、他の人間との関係性だけ」と話す。
つまり、AIがいかに発展しても、人間は人間との関わりの中に独自の価値を見つけ続けるというのが、茂木さんの主張だ。計算力では太刀打ちできなくなっても、人間らしさそのものが、AIにはない強みになっていくのではないかと指摘している。
それでは、AIにはない人間ならではの特性とは何か。茂木さんは脳科学者の視点から、人間の意思決定の複雑さに着目する。
人間の選択や判断には、脳だけでなく腸内環境も関与しているという。脳と腸が密接につながっていることは「脳腸相関」という概念で知られているが、これは意思決定における重要な要素だと、茂木さんは話す。
人間の意思決定は単なる脳内の合理的な計算ではなく、身体全体の状態、特に腸内環境に影響を受けるのだ。例えば「選挙に出馬する」といった決断も「ガッツフィーリング」と呼ばれる直感的な判断が影響している可能性を指摘する。
また、天才的なひらめきのメカニズムも、単純な論理の積み重ねでは説明できない。天才に共通する「朗らかさ」という性格的特徴を例に、感情や直感の重要性を強調する。
これらの要因から検討しても、AIがいくら計算能力を高めても、人間の意思決定プロセスを完全に再現することは難しい。「AIと人間のアライメント(連携)は、AIとひょっとしたら"腸"のアライメントが必要なのかもしれない」と茂木さんは語る。この指摘は、人間の本質を探る上で、頭脳による情報処理能力だけでは捉えきれない複雑さがあることを示唆している。
ここまでの話から「少なくとも今のLLMは、メタ認知を持たせられていない」と茂木さんは指摘。続けてAIの発展は、人間にとって2つの道を提示していると話す。1つは、AIに全てを任せ、自分の思考能力を低下させる道。もう1つは、AIを脳を鍛えるためのパートナーとして活用する道だ。
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