弱いロボットの研究は一見大喜利的にも思われるが、その背景には米国の哲学者、ダニエル・デネットが提唱する理論があると大澤さんは説明する。この理論によると、人は他人やモノに対峙するとき、「物理スタンス」「設計スタンス」「意図スタント」という3つのスタンスを使い分けているという。
大澤さんは「スマートフォン1つ取っても(人は)3つのスタンスを使い分けている」と語る。例えば、スマホを手に持っている状態から離せば、地面に落ちるだろうと予測する。このようにスマホを物理法則に従うモノと捉えることを物理スタンスと呼ぶ。
一方、スマホの画面をスワイプしてロックを解除する場面では、手の静電気や電子の流れなど複雑な物理法則を捉えることは難しい。物理法則によらず“AをすればBができる”といったルールを理解して操作することを設計スタンスと呼ぶという。
では意図スタンスとはなにか。大澤さんはスマホに「電話がかかってきたとき」を例に挙げる。電話を受けて「もしもし」と言うとき、その物理法則を理解している人や、「もしもし」と言えば「もしもし」と返ってくるルールが設計されていると思う人はまれだろう。大澤さんは「われわれは電話をかけてきた人の意図を読み取っている」と説明する。この状態が意図スタンスだという。
大澤さんによると、人は意図スタンスのとき、直感的にモノに心があるように感じ、他者の心理状況を予測する「他者モデル」をベースに物事を認知するという。こうした感覚を引き出せるようにロボット・AIを設計することで「人と人が関わるように、人とエージェントが関われるようになる」と大澤さんは説明する。
「ごみ箱型のロボットが、ごみを拾いたいという意図を強烈に表現しているようなロボットデザインだからこそ、心を感じ、仲間のように思ってもらえ、助けたいという感覚が生まれる」(大澤さん)
大澤さんの研究室では、この意図スタンス・他者モデルを引き出すようなロボットを、実際に作って実験している。その1つが、ドラえもんに登場するキャラクター「ミニドラ」を模したロボットだ。ミニドラは「ドラ」「ドララ」としか応答せず、言葉を話さないことが特徴。大澤さんが作ったロボットも同様で、人の語りかけに対し「ドラ」「ドララ」を組み合わせて反応する。
実験では、このロボットを使い、人としりとりができるか検証した。まず被験者が「りんご」と発言したのに対し、ロボットは「ドララ」と返答。被験者はロボットが言ったことが分からずに悩むのだが、ロボットは再度、先ほどと音程を変化させ「ドラ」「ドララ」と“ヒントを出す”ように応答。被験者が「ゴリラ?」と問いかけると、ロボットは素早く「ドラドラ」と答える。
大澤さんは、被験者が「ゴリラ?」と問いかけた瞬間、「設計スタンスから意図スタンスに変わった」と指摘する。このようにロボットの設計を工夫することで、「相互適用といって(人とロボットが)互いに歩み寄っていくという現象を引き出せる」という。
また、大澤さんの研究室では、こうした仕組みをAIエージェントにも適用できるか検証している。2024年10月に開催した技術・産業の総合展示会「CEATEC 2024」では、化学メーカーのartience(東京都中央区)と共同で、“心が通じ合う”AIエージェントを体験できる企画展示を実施した。室内を模した展示会場に複数のディスプレイを設置し、キャラクター化したAIエージェントを表示。体験者はAIエージェントを「意図スタンスで捉える」ことで、展示会場に仕掛けられた障害を突破して進んでいく。
大澤さんは「全員が同じ進み方をするのではなく、AIと協力するとか、AIに任せるとか、自分でやりたいとか、自分がAIと関わるときのスタンスが、体験のなかで見えてくる」ようにしたと語る。人の相棒となるようなAIエージェントのイメージを提示し、「家族にコーヒーをいれてもらう感覚で、コーヒーをいれてくれるAIと過ごすなど、心と便利さが両立できる世界観を作っている」(大澤さん)
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